人柱
- 2005 09/11 (Sun)
午後4時を回ってから投票に向かう。
すると・・・おい行列かよ!
選挙権を得てからずいぶんたつがこんなことは初めて。
並んでくださいって・・・
それだけ今回の選挙の関心が高いということなのか?
その足で書店へ向かう。
勝ったのは「Zガンダムヒストリカ5」
| Official File Magazine ZGUNDAM HISTORICA Vol.5 講談社 by G-Tools |
そして「大人のガンダム2」
| 大人のガンダム 2 (2) 日経BP社日経キャラクターズ! by G-Tools |
Zヒストリカは当然巻末の富野インタビュー目当て。
今回は「ビョーキ」と評されたベルトーチカについて。
袖すりあうもなんとやら、ということで、カミーユが見たアムロとベルトーチカの関係が一番の原因になって、その後のカミーユがフォウとの関わりあいなり、それ以後のファとの再会なり、もっと重要なのはサラのような完全な他人を見ていくという部分なりにおいて、全部の目配りが利くようになるんです
などの「恋人たち」に向けたコメントあり。
で、もう一冊なのですが・・・
本当はね、こんなの買うつもりはこれっぽっちもなかったんですよ。
でもね、どこかの誰かさんがね、言うんですよ。
富野インタビューがあるらしいから人柱になれって・・・。
ええ、なりましたよ人柱。1200円も払ってさ。
で、肝心の富野インタビューは見開き2ページのみ。
しかもどこかで読んだことがあるようなもの。
おそらく日経キャラクターズかなんかに掲載されたもの?
初出でも内容はミミ・タコ・デビアですよ。
大人たちが待っていた富野ガンダム最新作
劇場版『機動戦士Zガンダム』はこうして作られた
『Z』で予見した世界が今、現実になっている
今という時代に『Z』を作ったというのは、「時代」というものと関係があります。時代に背中を後押しされなければ、作ることはできませんでした。
ここ数年という時代は、現実が陰々滅々としてきています。人々が健やかに暮らせるような時代ではありません。日本は、経済的には豊かではありながらも、人々が豊かに暮らせる構造にはなっていない。それはなぜかと考えた時、『Z』という作品に、同じような暗さというものを感じて過ごしてきた自分を思い出しました。若い世代が不安を抱いて生きている現実を見て、『Z』で予見した世界が来た、と思いました。世の中、みんなカミーユになっちゃったんじゃないか、と。これをなんとかしたい。つまり、それが時代に背中を押されたということです。
劇構成は全く変えずカミーユを変えてみる
20年前の『Z』では、アニメばかり見てたらバカになるぞ、というのを制作テーマとして据えている部分がありました。それはズポンサーサイドには失礼だと思いましたが、商品としてのメディア機能と、物語を発信する立場の違いがあります。物語を発信する立場として、ロボットアニメばかり見てるんじゃないよ、というメッセージを込めてもいいんじゃないかと考えていたのです。
ところが、そこには大きな落とし穴があったのです。つまり作劇をするという意味では気持ちのいいことだし、作品そのもののコンセプトも自分としては面白かったのですが、作り終えつつあるプロセスの中でとてもイヤな作品を作ってしまったな、と思い始めたのです。当時は、作劇論としてハッピーエンドではなかったという部分での敗北感だと思っていたのですが、それだけではなかったですね。人物造形にしても自分が本来持つ一番イヤな面を出してしまった作品ではなかっただろうか。そういう疑問が湧いてきました。ましてや、それを公共の場に放送してしまった。これは決してプロの仕事ではない。その嫌悪感が、結局十数年ついてまわったのです。
娯楽であるべきアニメ、映像というものにここまで自分というものを出してしまってよかったのだろうか。自分の中には、エンターテインメントはエンターテインメントでありたいという気持ちもあり、そこに帰結できなかったのはよくないことだと、強く感じていました。
ところが今回、TV版『Z』を改めて見直してみると、物語としては非常によいものと気付いたのです。敵味方が単純な二元論で語られていません。そして宣戦布告なき開戦、局地戦、きわめて曖昧な戦争状況。なんだ、これは現在の世の中の姿じゃないか、と驚きました。これならば、物語の基本的な構造をいじらずに、今に通じるものを作ることができると確信いたしました。
一番問題なのは、戦争などではなく、むしろカミーユなんだと。カミーユの悲劇的な最後をどうすればいいのかと考えた時、まず思ったのが、人というのは現実と向かい合った時、それをどう受け止めるか。その違いでしかないらしい、ということです。どう受け止めるかによって、人生が変わってくるんです。そこで、劇構成的に手を加えるのではなく、カミーユのリアクションをほんのちょっとだけズラしてみました。
例えば、第1部でいうとTV版ではいつも内にこもっていたカミーユが、ちょっとだけレコアに寄りかかります。その程度の違いです。それだけで、カミーユを普通の子供として描くことができる。これでハッピーエンドに持っていけるんじゃないか、エンターテインメントのロボットアニメーションとして当然の形にできるんじゃないかと確信しました。
それは同時に、こう考えました。鬱々としたこの時代というのは、実は我々が鬱々していると思っているだけかもしれない。だから、思い込みじゃないのか、もしかしたら、自分たちがそう思わないようにするだけで、世の中よく見えてくるんじゃないのか、というメッセージにもつながります。
制約があったからこそ『星を継ぐ者』は生まれた
『Z』は自分の作品でありながら、物語はこれっぽっちもいじることができません。『Z』である以上、『Z』というフィクションの中に描かれた揺るぎない現実は曲げられないのです。物語進行、人物配置など、TV版とまったく同じです。カミーユの他者、出来事に対する反応をほんの少し変えただけなのです。今回の仕事で、映像の本質は、その構造にあるということを改めて思い知らされました。何の制約もなく絵もすべて新しくし、完全な新作として『Z』を作っていたら、それはもしかして『Z』ではなくなっていたかもしれません。『Z』の本質もその構造にあるのですから。
ああもうなんで買っちゃったんだろう。
しょぼ〜ん。
そういや冒頭の「2005〜2006年はガンダムの当たり年!」という記事。
「『DESTINY』劇場版『Zガンダム』『MS イグルー』もヒット」
という大きな文字で見出しが付いているが、
最初の作品については本文中にて具体的な数字どころか、
ほとんど触れられてすらいないのにワロタ。
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Comment
> 富野インタビューがあるらしいから人柱になれって・・・。
正直スマンカッタ。
でもミミ・タコ・デビアにちょっとワロスw
おうよ!
G-SAVIOURポスターは任した。
約束の果たされんことを願う。
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