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今回ご紹介するのは、アニメージュ2002年8月号に掲載された、
富野と新海誠氏の対談記事。

実はこの記事、元はヤフーブックスの特集ページにも掲載されていたもの。
「ほしのこえ」を製作したあとに新海氏が、キンゲ製作中の富野のもとを訪れている。
記事中には実際に富野の前でCG作業を再現する新海氏と、
それをみつめる富野の写真も掲載されている。


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デジタルとアナログの温度差 
異色対談 富野由悠季×新海誠


日本にアニメーションが誕生して約85年。その間、アニメーションの制作現場は、大きな技術革新といえばFAXとコピーのみという、いわば職人的な聖域を維持してきた。だが近年、デジタルというかつてない技術革新の波が急速に押し寄せてきている。そんな変革の時代に、デジタルの特性を武器にたった一人でひとつの作品を生み出した新海誠と、アニメーション制作現場の最前線で40年近く闘い続けてきた富野由悠季監督の対談を通して、<デジタルアニメーション>の可能性と危険性を探る!!

作家になるのか技術者になるのか仕事としてやっていくのか

富野 今回、新海さんにお会いできるということで、一番話したいことはなんだろう、と考えました。作品的には今僕が作っている『キングゲイナー』などと、新海さんがお作りになった『ほしのこえ』って実は重なりようがないのかもしれないと思ったんです。同じアニメーションという媒体でやっていることですけど、実は全然違うモノですから。文芸作品に喩えるとすると、大衆小説と私小説くらい違うんですよね。
 アニメーションという大きなカテゴリーがあって、その中に色々な方向性が存在するのはいいことだし、それらが重なり合わないのは当然なのだけど、今この業界、映像の世界で働いている人間で、その意味を本当に理解している人は、残念ながらほとんどいないでしょう。モノを作る人間は、ひろく「作家」と呼ばれますが、職業としてモノを作る職業作家と個人の情熱をモチベーションとしてモノを作る人間は、違うものなんです。
 ところが新海さんは、いきなり「作家」としてのスタンスが明快にならないまま、周囲に商業ベースに押し上げられてしまったといえるでしょう?

新海 そうですね。僕自身、凄く戸惑っています。一本の作品を作っただけのキャリアしかないのに、色々な雑誌で取り上げていただいたり、こうして富野監督とお話をさせていただくなんて場違いで居心地が悪いというか、なんというか……。普通に考えたらありえない状況ですから。

富野 「アニメ作家」という言葉が正しいのかどうかは分からないけれど今後、新海さんがアニメを作っていく場合、CGを含めた技術者としてやっていくのか、自分の作家性でやっていくのかで在り方が根本的に違ってくると思うんです。
 つまり職業として暮らしを立てることを第一に考えるのか、アマチュアでもいいから「作家」として活動していくのかという問題を選択しなくちゃいけなくなってくる。これは、とんでもなく難しいことです。

新海 僕の場合、もともとはゲーム会社に勤めていたのですが、『ほしのこえ』をきっかけに会社をやめたわけです。傲慢な考えかもしれないですが、映像を仕事にするということでは、ある程度自信がありました。ゲームの仕事は、たくさんあるわけですから、それを受ければ最低限は食えるだろうという目算はあったんです。
 そもそも僕はアニメの現場に入って勝負しようとは思わなかった人間なんです。先ほど、富野監督の作られている『キングゲイナー』を見せていただいた時にも感じたんですが(編注:この対談の直前に新海監督は第1話を見ている)、スタジオで作っている作品は、やっぱり手間のかけ方が全然違います。テーマもパーソナルなものにするのは、難しいんじゃないかと思います。
 だから僕個人の場合だったら、一本のパッケージを自分ひとりで作ったほうが短期的には勝算があるだろうと思ったんです。映像という意味では同じではあるけれど、僕としては、いわゆるアニメーションとはまったくの別物を作っている感覚でした。
 自分自身の作家性を活かそうなんて大げさなものではなく、物語性のあるものをきちんと最後まで作りたいという想いが一番だったんです。

富野 それはよく分かります。作家云々の話で言うなら、僕自身にも作家性のようなものがあるとは思っていないんです。僕はまず、とにかく食うために就職しなければならなかったから、そういう環境の中で、いわばギャラをもらいながら勉強していった。そこで「仕事」の中で自分自身が“やれるもの”を模索してきたというのが現実です。
 ところがパソコンみたいな便利な道具が出てきた。これを持つと、普通の人でも簡単に創作の手段を手に入れたと錯覚してしまえるんです。新海さんのように実際に「作品」を仕上げてしまえる人は良いんですが、覚悟の足りない人にとっては趣味と仕事の境界線があいまいになってしまうでしょう。マンガや小説の世界では既に起こっている状況なんだけど、ついにアニメの世界もそうなってきたんだなぁという感があります。僕のまわりでも、パソコンでアニメを作るという作業がどんどん身近になってきて、技術者なのか作家なのかという区分けは、とても難しくなってきたんじゃないでしょうか。
 新海さんの世代の人たちは、そこら辺を注意深く考えてほしいですね。

新海 そうかもしれません。気がついたらすごく難しい“場所”に来ちゃったなと感じています。それはちょうど、今まさに悩んでいる問題なんです。

CGグラフィックスはとんでもない泥沼なんです

富野 参考意見として言いますが、僕自身はCGアニメ作家にはなれないし、なる気はまったくないんですよ。うちのスタジオにパソコンが設置された最初の3ヶ月くらいは、ひとりでアニメを作れるなんて、すばらしい道具かもしれないって思ったんだけど、技術者として絵を作ることを考えたら、とんでもない泥沼が待っているということに気づきました。

新海 それは僕も実感としてあります。20代の前半の頃に3DCGに初めて触れた時に「こんなに、いろんなことができるんだ!」と感動したんです。それでしばらく技術書を読みながら色々やってみたんですけど、ひとりで突き詰めようと思ったら本当に果てがなくて、一枚絵ならすぐにできるんですけど、いつまでたってもモノが出来あがらないという事態に直面したんです。

富野 やっぱりそうなんだ。

新海 はい。だけど、僕は、どうしてもCGを使って映像を作りたいという気持ちがあったんです。じゃあどうしようかって時に、今あるアニメーションの画面を現実的に自分の力でどの程度、再現できるかを考えたんです。だから、さまざまな可能性の部分は自分の中でばっさり切り捨ててしまってまず出来ることから考えてみたんです。

富野 割り切ることが出来るか出来ないかというのは、さっきから言っている「職業作家として立ち行くのか、アマチュア芸術家になるのか」という問題にとって最も大切な部分ですね。どちらかを切り捨てなくては無理なんだけど、両立できると思っているクリエイターっていっぱいいるんですよ。そういう人に限って、才能がないので、対象にどっぷりハマって近視眼的になる。そうすると切り捨てる作業ができなくなるんです。
 音楽なんてまさにそうじゃないですか。インディペンデントの個人作業でも確かに作品作りはできます。でも、実際問題として食えるヤツが何人いるか、を考えるべきです。
 だから新海さんは、次にどんなものをつくるのか、5年後10年後、何をやっていくのかが本当に重要なんです。

新海 おっしゃるとおりですね。ただ富野監督みたいな視点で『ほしのこえ』を見てくれた人って、ほとんど周りにはいなかったんですよね。

富野 いるわけないでしょうねぇ。基本的に世間というものは、ただ好きで作っているものに対しては、ものすごく冷淡なものなんです。だけど、同時に、出来のいいものや商売になるものはすぐピックアップしてきて取り込んでいく貪欲さも持っています。だから、個々人が持っている趣味性や「こういうものを作りたい」という想いを、生活を賭けさせるまで、当人を追いつめてしまう可能性がある。そういうことも理解して用心しないと、アニメというメディアで仕事をしていく時に、アニメ貧乏――僕らの頃みたいにアニメが社会的に認知されていなかったことによる経済的な貧乏とは違った意味での貧乏――になりますね。これに気をつけようぜ、と新海さんには伝えたかったんです。

160904_tomino_shinkai_02.jpg

映像表現としてアニメーションを選んだ理由

新海 言い方として正しいかどうか分かりませんが、僕は自分で絵が描けるとは思っていないんです。ゲームのグラフィックはやっていましたけど、アニメーターではないので動く絵というのは基本的に描けない。人物をきちんと描き分けるスキルがないということも自覚しています。そうした条件下で映像表現そのものを突き詰めたり、囚われていても何も達成できないと思ったので、そこはあえて切り捨てました。その積み重ねで作品を作ってみようと。とにかく作品を作りたいという気持ちが強かったんです。

富野 それは間違っていませんよ。表現の追求に固執していては、ひとつの作品にエンドマークなんて絶対につけられないから。

新海 僕がアニメーションを映像表現の手段として選んだのは、作るときに一番効率がいいからなんです。実写だと少なくとも俳優さんが必要ですから。アニメの中には画像の積み重ねを使って物語を演出していく方法論のお手本が山ほどあって、ひとりで作業していくには、やっぱりこれが一番かなと思ったんです。

富野 新海さんみたいな考え方の人がもっとプロの現場に来てくれるといいんだけどね。僕の場合は、自分がいわゆる「映像」を作っているという意識は毛頭ないんです。だから絵描きに対してとても冷たいと言われてます。基本的には動く絵を使って「物語」を伝えるということしか考えていないからでしょう。そういう視点から見た時に新海さんにどのような才能があったかというと、道具と社会情勢、音楽、テーマ、風景などの組み合わせの効率論を考える才能だと思います。単純にアニメが好きだからこういうモノを作ったと捉えると、とんでもない間違いですね。
 口パクだけで演技らしく見える、枚数が極端に少なくても見せられる媒体としてアニメに目をつけたというのは、枚数制限のあるリミテッド・アニメをやっている側からすれば、いってしまえば徹底的になめられた発言です。でもそれは真実でもあるんです。ただそんな、なめられた媒体を仕事としてやって、「作品」を作っていると思っているプロがいっぱいいる。それは間違っていると思うんです。今のアニメの現場で仕事をしている人間は、反発するにしろ共感するにしろ『ほしのこえ』は絶対に見ておくべき資料ですね。

「好き」だけでは物作りはできない

富野 でも僕は新海さんの作家性というものは認める気はないんです。『ほしのこえ』に限ってみれば、ナイーブさ、弱さが魅力になっている部分が強すぎます。それは若者だったら誰でも持っているし、これから似たようなものを作る人間が必ず出てくると思うからです。
 でも映像の組み立て方は、センスとして知っている人だと思う。止め絵の積み重ねを利用していく手法は、意識的に映像のイメージを解体して再構成していくことですし、この才能がないともっと無様なものになるはずなんです。

新海 ありがとうございます。ただ意識的か、どうかと言うと、半々ぐらいなんですけど。

富野 それはそうですよ。計算だけじゃ成り立つわけがないもの。僕の場合にはそこまで行きつくのにずいぶん時間がかかったけど、新海さんは本能的に出来るのでしょう。単に好きなだけでは、ああいうものは作れないですよ。ここはなかなか理解してもらえないでしょうね。あらゆる創作行為が同じだと思いますが、「好き」だけで物が作れるのなら世界中に作家があふれてます。多くの人に対して作品を発表するためには、大変な勉強が必要なんです。

新海 今回のことは、さまざまな点で自分にとっても予想を越えてしまっているんです。ゲームの仕事で、三千本から五千本ぐらいの感覚は肌で分かるんで、そのぐらいのお客さんには見てもらいたいなとは思っていたんですが、結果として、その三倍から四倍の人たちの目に触れることになってしまった。
 だから今になって思うのは、まだまだ「作品」を作る上での覚悟みたいなものが自分には足りなかったということなんです。これだけ多くの人に見てもらうには違った覚悟が必要だったと思うし、単純にもっとクォリティも高くしなけりゃいけなかったかとも思うし……。なんというか居心地の悪い感覚が今は付きまとっているんです。

富野 それについては、誠実な反応で悪いことではないんだけど、送り手というのは、あまりそういった感覚に囚われて自分の中の傷にする必要はありません。なぜかというとね、観客というのは無責任なんです(笑)。その時は気に入っても、明日は平気で忘れてしまうから。当然、忘れてくれないお客さんというのもいるわけだけど、そういうお客さんをどれくらい大切にすべきかというと、これも自分にとっては他者ですから、お客さんのこだわりみたいなものは他者の問題なので作り手が責任を取る必要はないです。
 ただ、どちらにしても、物語は他人に対しての関わりを投げかけるものだから、「好きだけでモノを作られちゃ困るんだよ」ってことなんですよ。いやな言い方だけれど、作り手側は、ある程度は大人になって社会性とかを身につけなきゃいけないんです。
 新海さんは誠意があるから問題ないんだけど、そうでない人っていっぱいいるから、そういう人種を増殖させていく可能性があるのが、『ほしのこえ』みたいなプライベート映像の抱える問題です。アニメというジャンルにとっては、その多様性はいいことだろうと思いますが……。

パソコンという機械の身体性

新海 気がついたら本当にすごい“場所”に来てしまって戸惑ってはいるんですが、だんだんと次の作品をちゃんと作ろうという覚悟は出来てきました。もともと一人でやることにこだわりがあったわけではないんで、キャラクターとか物語の部分ではもっと出来る人と組んでやっていけるといいなと思っています。現実問題として、学ばなきゃいけないことが山積みなんです。

富野 ただ、同じ感覚の人が集まるのは、いかがなものかと思うんです。僕はパソコンには身体性の欠落を感じることが多いんです。僕はワープロ代わりに使う程度なんだけど、手書きの文章との違和感はやっぱりあるんです。

新海 身体性という意味では、パソコンとの一体感みたいなものは個人的に感じています。会社に勤めている頃は、それこそ3年間毎日パソコンに向かって作業して、マウスカーソルを自分の思い通りのところに1ドットの狂いもなく止める。オペレートがどんどん早くなる。そういった肉体的な快楽は確かにありましたから。

富野 それは僕も最近分かるようになったんだけど、僕の言いたいのはそういうことじゃなくて、パソコンの向こう側にはマックだったりウィンドウズだったりという企業が見えるわけじゃないですか。たかが一企業にシンパシーを感じる身体性なんてクソ食らえってことですよ。「この便利で邪魔な機械」という感じで、パソコンなんか突き抜けたいんです。もっと生身の感覚で物を作っていきたい、ということです。
 もしやるだけやってどうしても行き詰まったら、相談に乗るくらいは出来ますよ。相談されても正解を与えることは出来ないと思うけど、うちのスタジオで働いてみな、ということは言えます。アニメ制作の現場で働くことで何かは手に入れられると思うからです。オペレーターとして現場に入ってもらえると非常に助かるんだけど(笑)。でも、そういう心境になるまでは、新海さんは今の状況を背負ってがんばるしかないでしょう。

新海 今日はありがとうございました。
(2002年6月18日東京・サンライズ第2stにて)




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  • 北関東在住のおっさん。
    富野信者、富野研究家ではありません。ただの富野資料蒐集癖。
    アルバトロスのZ級映画が大好物。
    ご連絡はdameganoあっとgmail.com(あっとは記号に直してください)までお願いします。

    このブログでは「富野作品論」のような難しいものは扱っておりません。それらをお求めの方のご期待に沿えることは難しいのでリンク先の各サイトを参照なさることをお勧めいたします。


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