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去年あたりから文房具に対する興味が増えてきた、ということは以前に書いた
とはいっても1本何万もするような万年筆とか、
オサレな輸入文具を買い集めるとかそういったものではなく、
ボールペンだとか、ノートだとか、日常的に使うものが対象。
実用的かどうかという面から費用対効果に見合った文具を楽しんでいるといった感じ。

今愛用しているボールペンは三菱ユニのパワータンク。
0.7ミリのノック式で軸の色は水色。
三菱鉛筆 パワータンクスタンダード ノック式(0.7m/m)【青】 SN-200PT-07.33
もともと「情報は1冊のノートにまとめなさい」の中で、
「書き味がよく携帯にもってこい」と紹介されていて存在を知った物。
この前に使っていたステッドラーのトリプラスボールが、
出先でインク漏れして使えなくなり急遽買ったもの。
たしかにくっきりとした字が力強く書ける。
滑らかというよりははっきりくっきりといった印象。

それに比べて、最近使い始めたジェットストリームというボールペンは、
サラサラ滑らかといった印象。
三菱鉛筆 ジェットストリーム 極細(0.5m/m)【黒】 SXN15005.24
こちらは「大事なことはすべて記録しなさい」の中で、
「滑らかな書き味」と紹介されていて知った。
先日ためしに0.5ミリを1本買ってみたのだがビックリ。
使い初めこそカスレがちょっと気になったが、
使いつづけると書き味が滑らかなことこの上ない。
サラサラと書きつづけることができる。
ただパワータンクに比べると力強さにかけるので、
屋外用=パワータンク
室内用=ジェットストリーム
といった使い分けになりそう。
ジェットストリームは4色+シャープペンシルとも合わさった、
「ジェットストリーム4&1」というシリーズもあるので、
0.5ミリのペンも欲しくなってしまった。
1000円するけど・・・。
ジェットストリーム 4&1【黒】 MSXE510007P 24

実はパワータンクもジェットストリームも同じ三菱ユニの商品。
いい仕事をするなぁ、と思ってしまう。

実はジェットストリームを試す前に、
ぺんてるの新商品ビクーニャも使ってみた。
こっちはカスレの少なさと滑らかさが売りのゲルボールペン。
しかし実際に使ってみるとカスレが多く、インクがダマにもなりやすい。
パワータンクと同じ0.7だけどゲルな分線が太くなり、
細かいところには書き込めない。
そのうえ紙質によっては裏抜けもしてしまう。
これは使えないなぁと少しがっかり。
同じゲルならゼブラのサラサのほうがいいなと思う。

実を言うと万年筆にも全く興味がないわけではない。
ただお値段を考えるとやっぱりねぇ。
文具板の万オタと呼ばれる人々はすごいなと思ってしまう。
インクカートリッジの交換とか手入れも面倒くさそうだしね。

あとは、お気に入りのペンを持ち運ぶ筆入れみたいなものも欲しいな。
今はポケットに挟んだり、手帳に挟んだりして持ち歩いているけど、
生来の注意力散漫から落としたりなくしたりすることがしょっちゅうだから。

なんてことを想像しているだけで楽しかったりするのよね。

■関連記事
新たな興味対象?
ペンが異なれば…
本日の朝日新聞5面に掲載された三菱地所グループの全面広告。
戦後の歩みを象徴的な写真で振り返るというコンセプトなのだが、
その中にガンダムが!しかも作画大崩壊の!

テレビキャラクターとしては月光仮面と2つだけ、
アニメとしては鉄腕アトムも鉄人28号も抑えてガンダムだけがのっている。
これってもはやガンダムが戦後文化を象徴する1つになったということなのかな?
2010.03.30
先日はどうにも読み始められないという記事を書いた「リーンの翼」ですが、
意を決して読み始めました。
たまたま手元に旧版の文庫があったので、興味本位に比較しながら読んでみると、
出だしの文章から手が入れられており、内容的には大差はないものの、
文章表現に関してはかなり変わっているなぁという印象を受けました。
ただ、この読み方は非常に手間がかかり面倒くさく、
3ページ程度を読み進むにも時間がかかるのでこれ以上はやめておきます。
チャレンジしてやる!というかたはぜひお試しになった上で、
詳細な比較レポをしていただきたいです。
2010.03.29
Amazonの未発送商品を確認していて気が付いた。
来月発送予定だった本が半年先に延期になってる!
1439160775The Five Greatest Warriors
Simon + Schuster Inc. 2010-09

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ねぇ、これどういうこと?
ついこないだまでは4/9には着くかな?って書いてあったじゃない。
なんで到着予定が10/9になってるの?
がっかりだ・・・。
せっかく続きが読めると思ってたのに。

■関連記事
待ってました
昨年お台場で上映された富野の新作「Ring of Gundam」。
その映像初収録されるのがこれ。

B003D842U0機動戦士ガンダム30周年ドキュメンタリー メモリアルボックス 【初回限定生産】[Blu-ray]
バンダイビジュアル 2010-07-23

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で、このブルーレイ。
お値段がなんと2枚組みで¥15,750
庶民に大変優しくないお値段設定。
もはや買ったらバンダイビジュアルをつけあがらせるだけの罰ゲーム。
にもかかわらず欲しい気持ちとの葛藤があることは以前に書いた

が、Amazonにあがってきた情報をみると、
27%OFFの¥11,544。
4000円もお安くなっている。
が、それでも11K以上。

う~ん・・・心は揺れる。

■関連記事
儲の性
4150503621文房具を楽しく使う ノート・手帳篇 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
早川書房 2010-01-30

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最近文房具にこりだしてしまったもので。

4199060804全部わかった!国際銀行家たちの地球支配/管理のしくみ (5次元文庫 あ 3-2)
徳間書店 2010-02-10

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以前に読んだトンデモ本の続き。
Amazonのレビューが工作員だらけでヒドス

4121020413行動経済学―感情に揺れる経済心理 (中公新書)
中央公論新社 2010-02

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何がきっかけだったか忘れたが、
心理学的な要素が入った経済学に興味があって。

B003BFV28AGUNDAM A ( ガンダムエース ) 2010年 05月号 [雑誌]
角川書店 2010-03-26

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もちろん富野目当て。
2010.03.27
先日入手したはいいものの、どうにもリーンの翼に手が伸びない。
なんというか読みたい気分はあるのだが、
おいそれと読むのがもったいないというかなんというか。

3巻だけは大まかな流れだけ確認したのだが、
その他は巻末資料以外ノータッチ。

早く読み進めたい気持ちと、
じっくり読みたい気持ちが綱引き。
このままだと「アベニール」同様塩漬けか?

まぁ、富野も今日のラジオで読まないで欲しいとか言ってたし(違

続きを読む

先日注文した雑誌「カイト」がもう本日到着。
同時にボトムズの幻影篇も。

で、早速富野インタビューを確認してみたんだけど、
「総力インタビュー」と謳っておいてわずか3ページとは。
内容的にも手垢にまみれたガンダムキャラクター論で、
目新しい部分はほとんどなし。

まぁ、わかっていたけどね。

それから明日発売の「本の旅人」はどこで入手したらよいものか。
三省堂本店ですら入荷しないみたいだし・・・。
今週発売された完全版「リーンの翼」に関連して、
この月末~来月にかけて富野のインタビュー記事が盛りだくさん。

明日発売のガンダムエースをはじめ、
B003BFV28AGUNDAM A ( ガンダムエース ) 2010年 05月号 [雑誌]
角川書店 2010-03-26

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27日発売の「本の旅人
4月12日発売の「野生時代」など。

その中でも異色なのが神奈川工科大が創刊するコミック誌「カイト」。
486225585Xカイト vol.1
小池書院 2010-03

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ここでのインタビューは「リーンの翼」関連ではないのだが、
ガンダムのキャラクター論について語っているらしい。
ただ、この雑誌、非常にマイナーな発行・出版元なので、
一般の書店では入荷しないところが多く(twitterで書店アカウントに質問してみました)、
どうやって入手しようか悩んでいたとことろ、Amazonに入荷されているのを発見。
早速ポチった。
ふぅ助かった。

さて、問題は書店配布小冊子と思われる「本の旅人」。
どうしたものかねぇ。
モブログからも更新しましたが、
本日小説版「リーンの翼」を無事受領。
4048740253リーンの翼(全4巻セット)
角川グループパブリッシング 2010-03

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代理購入してもらったギムGに改めて感謝感謝。

で、この完全版「リーンの翼」。
ボックス特典とは別に各巻にも小冊子の付録がついています。
その中でもおっ!と思ったのが3巻についてきた富野の自分史。
迫水ら作品世界の時間軸と、自分が生まれてから現在までの時間軸をからめて、
今回の新しい「リーンの翼」を考えたいわば思考メモみたいなもの。

その中には富野のコンプレックスにもなった高校が、
相洋高校であることや、
長女アカリさんの本名が「明里」であること、
CMプロダクションは「シノプロ」であること、
OVA版「リーンの翼」の時代設定は2015年であること・・・
などなど興味深いトピックがいっぱいなのだが、がっかりすることもあった。

それは作品史の中で「ガイア・ギア」に全く触れられていないこと。
ガーゼィの翼にまで触れているのに・・・。
やはり「黒歴史」なのか・・・。
2010.03.24

リーンの翼キター!
心配していたリーンの翼限定BOXは無事にゲットできた模様。
さっそくこちらに送ってもらったので、早ければ明日には手元に届きそう。

ありがたやありがたや。
ご足労かけたギムGに感謝。
なにかお礼をせねば。




問題は今現在全く集中力がなくなっているので、容易には読めないということなのだが。
2010.03.23
パソがぬっ壊れたのでしばらく携帯からの投稿が多くなります。
そのため、富野資料等はしばらくお休みになると思いますのでご了承ください。

鉄道むすめおそるべし。

まさかこんなところにまで

いやモデル路線ではあるけどさぁ、鷲宮町といい安直すぎやしないかと
24日発売予定の小説版リーンの翼ですが、もう店頭に並んでいるんですね。
たまたま寄った本屋にあったので立ち読みしてきました。
かなりアルコールが回っていたので、ほとんど頭に入らなかったのですが、
3巻で金本が2ちゃんらしきものに書き込んでいるシーンがありびっくり。
読むのが楽しみになってきましたよ。

それから分冊売りにも富野メモみたいな特典はついているんですね。
早く読みたいなぁ

って酔っぱらいだから全くまとまらない。
2010.03.20

開幕戦楽しいです
「Ring of Gundam」が収録される、

機動戦士ガンダム30周年ドキュメンタリー メモリアルボックス

買ったら負けなのはわかっているが、買ってしまいそうな自分がいる・・・。
ブルーレイ環境ないのに・・・。
お金もないのに・・・。

ホッタラケの島 遥と魔法の鏡


B002Z6XUT0ホッタラケの島 ~遥と魔法の鏡~ ファミリー・エディション [DVD]
ポニーキャニオン 2010-02-26

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ほったらかしにされた物が集まる不思議な島に迷い込んだ主人公の冒険を描いたファンタジーCGアニメ。幼い頃に母を亡くした高校生・遥は、ある日訪れた武蔵野の神社で奇妙なきつねを見付け、後を追う。



TV局主導、I.G.制作、主演が声優経験のない女優・・・などなどの理由から、
どちらかといえばネタ的な興味から見始めたのですがどうしてどうして。
いい年のオッサンがポロポロ泣いてしまいましたよ。
「オトナ帝国」と同じような感じ・・・といえばわかっていただけるでしょうか。
ファンタジーとノスタルジーの世界です。

主演の綾瀬はるかもびっくりするほど自然で上手。
この手のタレント主演のアニメにありがちな違和感はほとんど感じられませんでした。
その他のタレント出演者も本職の声優に混じっても遜色ない演技でした。

CGもピクサーのようないかにもなデフォルメでも、
某F.F.のような髪の毛の一本一本まで繊細に描かれたものでもなく、
どちらかというと2Dに近い感じだったのも、
それほど違和感を感じさせず自分にとっては好印象でした。

詳しいことは作品を見ていただきたので触れませんが、
個人的にはぬいぐるみのコットンに萌えました。
かわいく、そしてかっこよくて・・・
オイラもいつのまにかホッタラケなぬいぐるみがあったな・・・
などと我が身に置き換えて見てしまいました。

あとはチェックしていただきたいのはコバトン。
この作品、入間地方の民話がもとになっているらしく、
入間や狭山あたりの自治体が協力しています。
そのためなのか作品中にチラッとコバトンが登場。
オイラはすぐに分かったのですがぜひ見つけていただきたいですね。

予想外にいい作品でびっくりしました。
家族や思い出をホッタラケにせず大事にしないとな、と思いましたね。

そうそう、この作品I.G.制作なのですが、
サンライズの荻窪スタジオも参加しています。
どういう経緯でそうなったんでしょうね?
教えてエロイ人。
2010.03.18
富野の最新小説「リーンの翼」。
発売まで1週間を切り、いよいよAmazonでも書影が入りました。

リーンの翼 1リーンの翼 2リーンの翼 3リーンの翼 4

TOMINOSUKI/富野愛好病さんでは、限定BOXの写真なども豊富に紹介されています。
未見の方はぜひともご覧になって、リーンの翼へのモチベーションを上げていきましょう。

ちなみにオイラは人頼みなので、手にするのは発売からだいぶ後になると思います。
そもそも無事限定BOXを手に入れられるかどうかが心配。

デス・リベンジ


B002XRQMSCデス・リベンジ [DVD]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2010-02-03

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愛する家族に囲まれながら畑仕事に勤しむ農夫、ファーマー。だが、そんな彼のささやかな日常は、ある日を境にもろくも崩れさる。秩序を持たないはずの辺境の怪物たちが突如として軍勢を組み、各地の村々で虐殺を始めたのだ! この混乱の中、無念にも子供を殺され、妻をさらわれてしまったファーマーは復讐を決意! 仲間と共に怪物をせん滅するべく本拠地を目指すが、その壮絶な戦いの旅には彼の運命を変える大きな試練が待ち受けていた……!


おまちかね!なボルちゃんの作品です。
ボルちゃんといえばゲーム原作映画、ゲーム原作映画といえばボルちゃん。
ということでこの作品も「ダンジョンシージ」というゲームが原作になってます。

世界観としては映像から見る限り「指輪物語」のイメージに近いものを感じました。
音楽も似通っているかもしれません。

まず驚いたのが導入部。
ボルちゃんにしては非常にいい感じで始まります。
上空からの視点を多用して世界の広がりを見せるのも好印象。
CGもそれなりになってます。
ああ、ボルちゃんも成長して人並みの映画を作るようになったのか、
そう思っていたのもアクションシーンが始まるまででした。
さすがボルちゃん。アクションシーンはグダグダです。
とはいっても、ハウス・オブ・ザ・デッドや、
アローン・イン・ザ・ダークに比べたら遥かにマシ。
人並みのダメ映画レベルになりました。

中盤で主人公ファーマーの出自が明かされたり、
おいおいそりゃないだろと強引な展開にいろいろ盛り上がるのですが、
やはり衝撃的なのはラストシーン。
最後の最後にとっておきのボル・アクションが待ち受けています。
そう、ボルちゃん御得意の派手な音楽に乗せてスローモーションアクション!
もちろんマトリックスばりの反り返るシーンも忘れません。
そして誰もがえ?と驚くラスト。
最強の魔法使いがwwwwwwそんな死に方wwww
これは是非ともご自分の目で確認していただきたいですね。

それにしてもこの映画、出演者が豪華。
主役は「アドレナリン」のジェイソン・ステイサムだし、
ヘルボーイ」のロン・パールマンや、
コントロール」のレイ・リオッタ、
ロード・オブ・ザ・リング」のジョン・リス・デヴィス、
"タフガイ"バート・レイノルズまで。

そんな錚々たるメンバー中、
ブラッドレイン」のクリスタナ・ローケンも出演。
どうしてブラッド・レイン2は出演しかなかったんだろう?
と思ったらそれよりもコッチのほうが先なのね。
なにかこの後にあって出演拒否になったのかな?


その他のレビュー済みダメ映画はこちらからどうぞ

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前回の続き。

ノーブル・オブリゲイション


富野 たしかに僕も、いまの子どもたちの他者との関係を断ち切ろうとする傾向は分かりますし、実際、アニメの世界にはそういう若者たちが多いわけです。しかし僕は、それを基本的に大人の、とくに我々の世代の問題として考えたいという気がするんです。
 つまり、われわれの世代はいつもなんとなく飢えていて、いつもなんとなく明日ばかりを見ていたために、自分の目の前にある事柄を抱きかかえるという精神構造を持てなかった。抱きかかえるというのは、ある部分では我慢しなければならないということでもあるから、当然、モラルの問題も含まれてくるわけですね。そういうものをみんな放っぽり投げちゃってつくった社会が、いまの日本の経済効果論と情報論だけに細分化してしまった大人社会だと思うんです。そういう大人たちの愛情や思いやりの浅さみたいなものが、簡単にいえば人心を荒廃させている。だけど、それがあまり目立たないのは、お金で買える豊かさでなんとか表面を取り繕っているからでしょう。その心の部分を、われわれは今後どういうふうに鍛えていくのか、そこから始めていかないと、物事はちっともよくならないんじゃないですか。

諏訪 私なんかも世代的に同じ感じを持ってます。私も戦後っていうのはいい世の中になるはずだと思ってましたし、そのために一所懸命やってきたつもりです。だけど、いざここまで来てみたら、なんとひどい状況じゃないかというのは、たしかにあります。富野さんが言われてるように、豊かさを享受することに伴なう義務という問題を忘れてしまって、現世主義というか、ある種の利益主義が全盛の世の中になってしまった。そのなかでもういちど"義務"の問題を、貴族主義、ノーブル・オブリゲイションの問題として取り上げようというのが、新作『F-91』の一つのテーマとしてあるわけですね。

悟りと言葉


富野 そうです。今回、地球連邦政府に戦いを挑むロナ家は、貴族主義を標榜して、人という象徴をコミュニティの求心力にして体制づくりをしていくわけです。ただしそれは、ゲバラとか毛沢東とかがやったような、革命の理念を支えにした人的な求心性ではなくて、あくまでもモラルと伝統を土台にしたコミュニティづくりなんです。そしてロナ家は、武力行使をすることで、当然、悪者になる。しかし、自分たちが汚名をかぶったとしても、そのことによってこれ以後の人類をよくしてみせるという確固とした理念を持っている。これこそが、ノーブル・オブリゲイションなんです。

諏訪 それはある意味で大衆批判でもあるし、富野さんのエリート論でもある。

富野 ええ、ただ、真のエリートというか知者、極論すればキリストにしろブッダにしろ、それは個の問題であって個から全体に敷衍できる問題じゃないと僕は思ってますけど。

諏訪 ちょっとへんな言い方ですけど、運動論は成り立たないということですね。

富野 そうです。エリートの問題を考えたときに、単純な話、なんで歴史に名を残しているような偉人たちが人間を救済できなかったのかということに行き着いちゃう。僕は悟りということは信じてます。だけど、あの釈迦にして、まわりにいる12人のお坊さんに自分の悟りを伝えようとして言葉にした瞬間に、悟りは伝わらずに言葉だけが残った。だから、仏教にしてもあれだけ分派したわけでしょう。悟りはしょせん、個の問題でしかない。その悟りが、ひとつのコミュニティをコントロールするまではいかないわけです。だからこそ、一瞬にして他者とわかりあえる存在として「ニュータイプ」を設定したし、ニュータイプはひとつのコミュニティをハッピーにできる存在でもあるわけです。

時間は戻るのか?



諏訪 インタビューの中で富野さんは、国家としてガタがきたとき、「ポルトガルにしても、イギリスにしても、そのときにどこに帰ったかというと、家に帰った」と語られたあとに、「夫婦だけじゃ家じゃないんです。そういうときのために最低限度の家を我々は残しておくべきじゃないか」と言われていますよね。

富野 ええ。「家をきちんと維持することが、国家論であり、人類論であり、自分自身のアイデンティティをつくるものである」とも言いました。

諏訪 そのとき、私は富野さんが言われた「家を維持する」という言葉を、社会共同体のアイデンティティをつくっていかなければいけないというメッセージとして受け取ったんですが。

富野 そこまで読み込んでいただいて、ありがとうございます。やっぱり、コミュニティを成立させる場としての土地のことまで含めて、われわれが守るべきものを、そろそろ本気で死守していかないといけないという気がするわけです。

諏訪 つまり、個が時間的に縦の系列でいきるということにこだわっているわけですね。

富野 ええ、こだわってます。

諏訪 時間が消えちゃうことの怖さっていうのを、ものすごく思うんですよね。歴史って言ってもいいですけど。だけどこの寂しさは、それを感じない人にはちょっとわからないだろうな。その一方で私は、時間っているのは遡及性があるという感じをすごく持ってる。戻れると。

富野 僕もそう思いますね。

諏訪 だけど、ここまで来ちゃったら戻れるわけがないというのが、思想の世界では多数派ですよね。地域性の消失も、家族の実体の喪失もたしかだけれども、それを犠牲にして高度な成長を手に入れてきたんじゃないか。そっちのほうがずっと楽になってきたし、それを大衆が選んできたんだから、もう戻れない。そのことを前提にして、方策を考えなければいけないというわけです。簡単に言えば、先へ先へ行こうとする。

富野 そういう方の話を僕は直接聞いたことがないからよく分からないんですけど、ひとつ思うのは、そういう人たちは自分がいつ死んでもいいと思っているんじゃないでしょうか。僕だって、決して長生きしたいとは思いませんけど、せめて生きている間ぐらい気持ちよく生きていたいと思う。そして気持ちよく生きるためには、社会のなかで暮らしていくための規範が絶対に必要なんですね。そういうものをちょっとだけ守れば、とても気持ちよく暮らしていける。その程度のことは、開き直りでもなんでもなくて、みんながもういちどやればいいだけのことでしょう。僕は、そう思いますけど。

諏訪 やっぱり、富野さんはアムロですね(笑)。

富野 そんなことができるわけがないって言う人に対しては、僕はこう言います。東京がこのままもうしばらくいって、ニューヨーク以下のスラムになったら、人間、もういちどそこからなんとかしようと思います。そんなのは、昔っからの繰り返しじゃないですか。僕は、本質的に人間が変わるとは思ってませんから。

諏訪 人間が変わらないというのは、すごい保守主義ですね(笑)。

富野 あと10年もすれば、いくらなんでもここまで自堕落にやっちゃまずいんじゃないかということで、日本の社会も軌道修正して、間違いなく保守に戻ります。僕には断言できます(笑)。



対談中で出てくるニュータイプを個から集団へ敷衍出来るのか?といったくだりは、
「ガイア・ギア」の中でも出てくるテーマ。
マハを追って地球へ降りたはいいが、宇宙の老人たちからは見捨てられ、
仲間だったクリシュナが敵へ寝返り、戦闘で母艦を失う大打撃を受け、
閉塞的な空気が漂うメタトロン。
そんな場面でリーダーであるアフランシを評する台詞として、
「ニュータイプの能力というのは、個にしか向かわないって問題がある」
「ニュータイプになった方法というのは、他人には伝えられないもの」
「あくまでも個として、修練しなければならないもので、組織に敷衍させられる能力じゃない」

などと書かれている。
つまりここでいう「悟り」と同じ捉え方をされている。
この対談が行われたのと、当該の部分が執筆されたのは、
さして時期に差があるというわけではない。
その少しの間にどのようなきっかけで考えに変化が起こったのか、
それを妄想するのもまた楽し。
もちろん、その時その時思いついたことを言っていたら、
整合性がなくなりましたっていう可能性も否定出来ないけど。

それから終りの方の進歩史観を否定し揺り戻しを予言するあたりは、
∀のコンセプトにも通じるものがあるなぁ・・・なんて。

■関連記事
『機動戦士ガンダム』の家族論1/3
『機動戦士ガンダム』の家族論2/3
前回の続き。
話題は本題の家族論へ。

ニュータイプから家族へ


諏訪 ガンダムの物語上の大きな要素に、「ニュータイプ」というのがありますよね。それを富野さんはいま、家族の問題として考えておられるようなんですが、これもやはり外的な制約から生まれたものなんですか。

富野 ニュータイプというのは、あるものを見て、その物語のあらゆる意味性を理解できる存在、確信しうる存在であり、一瞬にして他者とわかりあえる存在でもある、そんなイメージなんですけど、なぜこういうものが必要であったかというと、やはりスポンサーの要求が絡んでくるわけです。つまり、番組を見る子どもの年齢に合わせて、ローティーンの子が大きなロボット(モビルスーツ)のなかに入って操縦しなければならないというのが、商業主義の基本設定なんです。だけど、まともに考えたら、そんなことが現実にあり得るはずがない。そこで考えたのが、ニュータイプなんです。さっき言ったような能力を潜在的に持っている子どもがいるならば、たかが人間がつくったロボットぐらいは操縦できるだろうと。

諏訪 言葉は悪いですけど、こじつけみたいなものですね。

富野 ええ。だから、ニュータイプというのを設定した後から、じつは、その概念づけが始まった。だけど、十年もやってると、どうしたらニュータイプになれるかを教えてくれという手紙が来るんです。ハウ・トウ・ニュータイプですね。そんなことは分からないという意思表示はしてきました。そうは言いながらも、しかし、ずっと気にはなっていたんです。そして、ニュータイプというのはよき家庭、つまりよき父とよき母がいる家を持っていることだ、というところに行き着いたわけです。

諏訪 そこのところのプロセスをもう少し説明してもらえますか。

富野 それはべつに、論理的に展開していたらこうなった、というようなものではないんです。自分が実際に父親になったときから、子どもを育てていく体験のなかで、とてもじゃないけど自分はニュータイプにはなれないという思いがずっとあったんです。それじゃあ自分には何ができるんだ、というところから家族の問題に向かっていった。それと、いまの社会を見ていて、ニュータイプという形式を借りて自分が伝えるべきものがあるとしたら、それは家族の問題だろうというのがあったわけです。

子どもを愛しちゃいけない


諏訪 『アニメージュ』のインタビューのなかで富野さんは、「子どもを好きになっちゃいけない、愛しちゃいけない、嫌いになっちゃいけない、憎んじゃいけない、そのうえで愛してあげたい」とおっしゃってますけど、あれを読んですごいと思ったんです(笑)。

富野 僕はほんと情けない親なんですよ。だけど、親が出来る最低限度のことってこれしかないんじゃないですか。それ以上のことは、やっぱりできません。

諏訪 だと思うんですよね。しかし、子どもに対して「好きになっちゃいけない、愛しちゃいけない」と最初に言える親というのは、とても少ないんじゃないかと思うんです。「そのうえで愛してあげたい」というのは、言葉だけを捉えると矛盾しているように思えるけど、子どもが自分とは違うように生きるということを親は受け入れなければならない、ということなんですね。

富野 まったくそのとおりです。子どもは他人ではありませんが、自分とは厳然として別のものだということを認めざるを得ませんから。

諏訪 でもそれは、子どもを放っておくこととも違いますよね。私は、親が子どもを抱え込むことも問題ですが、親や教師が子どもの「個」の権利を尊重しようとするばかりに、「自分で判断しろ、お前の責任だ」と放り出してることのほうがより大きな問題なんじゃないかと思っているんです。

富野 それは、戦後45年間のものすごく安易な個人主義の帰結でしょうね。子どもは、親がいて、家庭があってはじめて生きられるんです。父親は、大人の生き方を子どもにきちんと見せなければいけません。

ガンダムと戦後民主主義



諏訪 しかし私たちは、人にもたれかからないで、自分が自我を確立して、個人として主体的に生きていればいいんだというメッセージをずっと与えられ続けてきたわけです。私自身も学生運動をやりながらそう思ってきたし、教員になってからも、他人の意見に左右されないことが絶対的な美だと考えてきた。ところがガンダムを見ていると、それをはっきりと否定してますよね。

富野 ええ、否定しています。

諏訪 私自身は、正直いいまして、つい最近になって一人で生きられないということがよく分かったんです。ガンダムの第3作でしたっけ、ララが(原文ママ)シャアに言うセリフがありますよね。「あなたには守るべき人も、守るべきものもないというのに、故郷もなければ家族もないのに、人を愛していないのにどうして戦うの」この言葉は、かなりストレートなメッセージとして私には響いてきました。

富野 それはつまり、自分を支えてくれる足場というか、フィールドが見えない人間に、いったい何ができるのかということなんです。さらに言えば、他者とつながらないところでは個は個でしかないわけですから、いてもいなくてもいいんです。

諏訪 しかしいま、人は共同性において生きるんだということを教育の言説で言うと、「じゃあ、個は否定されちゃうじゃないか」という反論がすぐ返ってくる。それが教育のジャーナリズムの主流なんです。

富野 そんなジャーナリズムの言ってることは、絶対に嘘ですよね。ただね、諏訪さんにも多少、被害妄想のところがあると思いますよ(笑)。絶対的な個を否定する論調も、少しではあるかもしれないけれど、きっちち出てきます。もちろん二階の教員室まで平気で土足で上がってきて教師を怒鳴りつけるみたいな、諏訪さんがお書きになっているようないまの高校生ぐらいの自我のあり方を見れば、僕も愕然とすると同時に、それはたじろぎますよ。そういう現場に日常的にいればたしかにそういう気持ちが増長されていくだろうって痛いほど感じるし、本当にお気の毒だと思います。だけど人間というのは、そこまで底抜けの自壊作用はないと、僕は思うんです。やっぱり、どこかで踏み止まるところはあるはずです。

諏訪 そのあたりの感覚が、私と富野さんとでは違うんですね。私は、家族の実質がなくなっていったときに、モラル感とか共同性に生きるといった、歴史的に形成された人間の生き方がはたして子どもたちのなかに残っていくか、疑問なんです。ガンダムでいえば、私がシャアで、富野さんがアムロ(笑)。アムロはシャアに対して、「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしていない」というセリフを言いますよね。

富野 よく見ていらっしゃる(笑)。

つづく



■関連記事
『機動戦士ガンダム』の家族論1/3
ちょっと毛色の違った富野資料でも紹介してみようかと思う。
今回紹介するのは1991年3月に発売された、
別冊宝島129「ザ・中学教師 子どもが変だ!」に掲載された富野資料。

この本で富野は、プロ教師の会の諏訪哲二氏と対談している。
対談のテーマは「家族論」。
本文冒頭にもあるとおり、
アニメージュ90年9月号の富野インタビューを見た諏訪氏からの提案だという。
この対談を3回に分けて紹介。

『機動戦士ガンダム』の家族論
富野由悠季(アニメ監督)×諏訪哲二(高校教諭)


ニュータイプとはよき家族を持つことであり、
家をきちんと維持することがまた。
国家論であり、人類論であり、
自分自身のアイデンティティをつくるものでもあるのです。



諏訪 私はいま女子高で教員をやってるんですけど、今回、子どもについての原稿を書かなくてはならないということで、生徒たちに、最近の少女マンガや少女小説で家族がどのように扱われているかを聞いてみたんです。そうしたらある生徒が、『アニメージュ』に載った富野さんの新作「機動戦士ガンダムF-91』についてのインタビューを、「先生が書いてることに似てる」と言ってもってきてくれたんです。
 それを読んで、ちょっと生意気な言い方なんですけど、とてもびっくりしました。ガンダムのように見事に商業ベースに乗っている作品がお子さま迎合主義でないはずがないという偏見のようなものが私のなかにはあったんですが、富野さんはガンダムという作品を通して、子どもたちにメッセージを伝えようとしている。しかもそのメッセージというのが、よくある愛と平和と自由みたいな凡庸なものではなくて、ビジネス文明や大衆民主主義に対する批判であり、貴族主義(ノーブル・オブリゲイション)の問題であり、人類が帰っていくべき場所としての家であるというように、挑発的というか、とても反動的なんですよね(笑)。それで、私も「反動的な教師」と言われているんですけど、いったい「反動的なアニメ監督」というのはどういう人なのかとても興味があって、対談をおねがいしたわけなんです(笑)。

ガンダムファンは嫌いだよ


富野 そうおっしゃっていただいて、とても恐縮しています。ただ、ぼくにとってのガンダムというのは、まず第一に、生活の手段であったわけです。
 アニメにどっぷり漬かった人間が個人で名前を出して行くのは、とても難しいんです。ましてフリーでは、印税収入のようなある意味の不労所得がないとやっていけない。新しいジャンルを創造していくような飛びぬけた才能があれば別でしょうけど、残念ながら自分がそういう人間ではないということは、はっきりと分かっていました。
 そのとき、僕は考えたんです。それならいっそのこと、低俗番組の代名詞になっているロボットものを利用してやろう。ロボットものというひとつのジャンルのなかでなら僕にもオリジナルのストーリーがつくれるし、ロボットを活躍させておけばスポンサーがついて、お金も入ってくる。テレビのシリーズ構成の立場を手に入れたのがちょうそ15年前、33,4歳のときなんですけど、そのときは、フリーでも自分の子どもたちを不安がらせないで食わせていくぐらいのことはやってみせなければならない、という思いが最初にあったんです。そしてそのうえで、もし僕にささやかな能力があるのなら、スポンサーが要求する世俗の条件を逆手に取って、自分の言いたいことを伝えていこうと思ったわけです。その意味で僕は、アニメが素晴らしいものだとは思っていませんし、ガンダムに対しても愛着はありません。

諏訪 私にも教師の権力という「世俗の条件を逆手に取って」、生徒に何ごとかを伝えたいと思ってきたところはあるわけですが、いまのお話はちょっと意外な気がしたんです。そういう醒めかたというか、仕事のスタンスというのは、アニメの世界ではほとんど理解されないんじゃないですか。

富野 たしかにそういうことはあります。僕自身、気をつけた表現はしてますけど、「アニメファンは嫌いだ」「ガンダムファンは嫌いだよ」というメッセージを送り続けているつもりです。アニメはたかが一ジャンルだし、ましてやロボットものはアニメのなかでまた細分化された一ジャンルでしかない。「こんなの10年見てたら、お前らバカだ」って言い切っています。そして僕のそういうメッセージを読み取ってくれるアニメファンも、少数ですけど、たしかにいるんだと信じてますし、現にそういうファンもいてくれます。

諏訪 いっしょにアニメを制作するスタッフに対しても、そういう態度で臨まれるわけですか。

富野 現実に僕の仕事を手伝ってくれる人たちはいっぱいいるわけですし、その人たちに対しては、もちろんすごく感謝しています。でもその人たちに対して、お前らいつまでもこんなバカな仕事やってるんじゃないよ、もしやるんならバカな仕事だって、分かってやってくれ、というのはやはりあります。これは姿勢で見せていくしかないんですけど。

諏訪 その姿勢というのは、アニメに対して醒めているからこそ必死になってアニメをつくるんだ、というようなことなんですか。

富野 そうです。そのとおりです。

諏訪 それならすごくよく分かります。私の場合もそういうところがあって、諏訪は教育のことを書いているから、教育に一所懸命で、教育のプラスの可能性を信じてやっているんだとみんな思っているわけです。だけど、違うんですね。できないと思っているからこそ一所懸命やるし、体を張ってきたんです。

富野 そうですよ。だってすべてを信じてやっていたら、最終的に腹を切るか、全員を殺すしかなくなっちゃうでしょ(笑)。

アムロの倫理


諏訪 少しガンダムの作品に即して質問させてください。第1作めは、ある意味では、主人公の自立の物語ですよね。例えば、母親が止めるにもかかわらず、主人公のアムロは、『お達者で』とだけ言って戦場へと戻っていく。母親は、それ以降はいっさい物語のなかには登場しない。第2作めに父親が出てきますが、ほとんどうらぶれて、狂人のようになってしまっている。家族はめちゃめちゃに切れてしまって、主人公には帰る場所がない。結局、ホワイトベースという戦闘艦だけが彼のいるべき場所になっていくわけですが、そのように主人公の境遇を設定したのは、何か意図があったんですか。

富野 とくに意図があったわけじゃありません。人と人との関係を語るとき、きわめて図式的な特異な親子関係にしておいたほうが分かりやすいのと、簡単に説明がつくからそうしただけなんです。ロボットものですから、親子のドラマそのもので尺をとるわけにはいきませんから。

諏訪 もうひとつ気になったのは、第4作の『逆襲のシャア』のエンディングのところなんですけど、惑星が地球に突っ込んでいくときにある種の超越的なものが出てきて物語を収束させますよね。あの超越者の出現には、何らかの必然性があったんですか。

富野 必然性なんてありません。僕のなかにも、物語上にもないのです。あの時間で、一応エンディングらしくみせるためにはあれしかなかった、それだけのことです。醒めているという以上に、そんな思い入れはないんですよ。基本的には、お前らてめえらでケリをつけろということしか言えないわけだから。そのときに、物語の制約のために救いの手をもってくるのは、あの程度で勘弁してもらいたい。あれはだから、しょせん逃げです。

諏訪 そういうことであれば、すごくよくわかります(笑)。すると、シャアとアムロの人物設定なんかも、やはり物語の分かりやすさというのが基準になってるわけですね。ガンダムという物語の基調になっているのは善と悪とは相対的なものであるという認識だと思うんですが、そのなかでも、地球に戦いを挑むシャアはある種エゴイスティックな理想主義者で、解放者というか革命家としての、プラスもマイナスも含めた分かりやすさがある。それに対して、シャアの攻撃から地球を守ろうとするアムロは、シャアのような明確な理念を打ち出せない。どうしても、アムロのほうが線が細い感じがしますよね。

富野 そうですね。言っちゃえば、敵は分かりやすくしなければならないというだけのことです。本来、主人公にももう少しはっきりしたものがあったほうが戯作としては正しいのかもしれませんが、アムロの場合には、ああならなければならなかったのは必然なんです。

諏訪 その必然というのは、アムロには、とりあえず自分が地球連邦軍に属していて、その戦闘艦が自分の場所であるということしか、確かなものは何もないということですか。だから、ここで精いっぱいやるしかないんだという一種の倫理に縛られている。

富野 まったくそうです。それだけです。それ以外のものを持ちようがなかったから、アムロは生き抜けなかったんでしょう。その意味では、ガンダムの物語は、現在のわれわれはしょせんここまでなんだという物語でしかない。それに何か付加しろと言われても、僕にはできないから勘弁してほしいというのが、『逆襲のシャア』までのガンダムなんです。

続く



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とみのととやま
書見台
2010.03.13

猫屋敷!
実は昨日はもう一つ富野資料を手にしていたりする。
というのも今月のはじめに落札したブツがようやく到着したのだ。
いや、別にトラブルがあったわけではなく、
ちょっとした連絡の行き違いで時間がかかてしまっただけ。

で、何を落としたのかというと、
EYESCREAM2005年6月号。

「ガンダムが僕らに伝えること」という特集記事の中で、
「星を継ぐ者」の公開を控えた富野にインタビューしている。

本文を読むとうっすらと目にしたような記憶があるから、
当時しゃぶろあたりにUPされていたと思うんだけど詳細は不明。

うん・・・それにしても・・・うん、アレな雑誌だねぇ。

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ついつい
RSSリーダーにこんなブログがヒットした。
江東区にあるアサリというカードショップのブログ。
Googleのブログ検索で「富野」に該当する結果を購読しているのだが、
東都よみうりに「ガンダムへの道程・大島」という富野のインタビュー記事がある、
そんな情報がそのブログには書かれていた。

読売新聞の姉妹誌「東都よみうり」の一面に、富野監督の記事が出てた。
それによると、富野監督は若い頃アサリのある江東区大島に住んでたんだそうだ。



ブログの記事には紙面の写真も部分的にだがのせられている。
なんと!東都ということは下町一帯あたりなのかなぁ・・・。
これが第1回で計3回の連載になるというのだが・・・うーん、入手したいが難しそうだ。
情報だけでもどなたかお願いいたします。
コメントでも拍手コメでもtwitterでもかまいませんので・・・。

(追記)
kaito2198さんから東都よみうりのサイトを教えていただきました。
いつもいつも本当にありがとうございます。

“ガンダム"への道程・大島 1
“ガンダム"への道程・大島 2
先日注文したニュータイプ4月号が1日遅れで到着ナリ~。
うひゃ~、先月は間違えて買ってしまったからな。
今月こそ創刊号レプリカが付録の号。

B0038Z7OI0Newtype ( ニュータイプ ) 2010年 04月号 [雑誌]
角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-03-10

by G-Tools


さーて、やっぱり付録からだよなぁ。
付録、付録・・・と。

あれ?

アニメーションキャラクターズピンナップ?

????

どういうこと?
レプリカは?
Konozamaクオリティで付録欠落?

頭の中に?がいっぱい浮かんだところで目次をよ~くみてみると、
読み取れないほどの小さな小さなち~さな文字でこんな但し書きが。

※3月号の次号予告で告知していた付録「創刊号レプリカ」はピンナップに変更になりました。



( ゚д゚)ポカーン

プチッ

ンダト(#゚Д゚)ゴルァ!!
勝手に変更してんじゃねえよ!!!!この糞角川!!!!!!!!
お前は!!!!!!25周年に!!!!!!!
古参読者を騙すのか!!!!!!!!!!



とまぁ三瀬の人を真似てみたわけだが、
それくらいがっかりだ。
心の底からがっかりだ。

富野のインタビューも見開き2ページで、
片面は写真のみという分量。

知ってたお・・・

まぁ、こんな仕打ちは慣れっこですよ。
ァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、

(´・ω・`)

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先日書いた「けいおん!」での違和感について、
思い当たるところが見つかったので少しだけ。

それはタイミングのズレ

明らかに反応すべき時点で反応せず、
タイミングを合わせたかのごとくわざとらしく反応する。
そこが違和感の原因かもしれない。

サンプル材料は10話しか見ていないから、
これしかないのだが、例えば冒頭のマックらしきハンバーガ店でのシーン。

律のことを「あの人は大雑把でいい加減だからパス」と語るあずにゃんの背後から、
「ほぅ、誰が大雑把でいい加減だって?」と律が現れるのだが、
あずにゃんは律がセリフを言い終わるのを待って驚いている。

それから律とあずにゃんが平沢家へ行き、
だらけきっている唯を見るシーン。
部屋に入ってきたときは2人とも平然としているのに、
唯のだらけた姿を挟んだあとに2人して反応している。
唯の姿は部屋に入ってきたときに見えているはずなのに。

さらに別荘でスタジオの豪華さに驚くシーンも同様。
高価なアンプなどが部屋に入った直後に眼に入るはずなのに、
驚くのはあずにゃんが3番目に入ってきてから。

これ以外にも同様のタイミングのズレが散見される。
おそらく、これは4コマ漫画であった原作のタイミングを、
そのままアニメでも使ってしまったからではないだろうか?
4コマという表現媒体上では有効なタイミングでも、
映像でそのまま使えるとは限らない。
むしろ、同じように使えると思う方が間違いなのではないだろうか。

これは監督や演出の未熟か怠慢を示してしまっているのではないかな?
などと愚考してしまった。
つまり「その域に達していない」と。

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先月間違えて買ってしまったニュータイプ。
お目当ては今月号なのだから忘れないように…と思っていたのだが、
先日twitter上でkaito2198さんに指摘されるまですっかり忘れてしまっていた。

いや、忘れていたわけではない。
発売日でなくとも後日買えばいいや…と思っていたのだが、
おそらく今月号に載っているとおぼしき富野の御尊顔を拝し、
迷わずポチッ。
B0038Z7OI0Newtype ( ニュータイプ ) 2010年 04月号 [雑誌]
角川書店 2010-03-10

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なにもAmazonで買わずとも(Konozamaクオリティかもしれないのに)、
本屋で買えよと仰る向きもあるかもしれないが・・・。

あのな、いい年したオッサンが普通の本屋でアニメ誌買うのって、
けっこうな罰ゲームだったりするわけよ。
自意識過剰の中二病をこじらせていない健全な精神な方には理解されないだろうが・・・。

と、いうわけで2ヶ月連続でニュータイプを購入する簡単なお仕事終わり。
創刊号のレプリカ楽しみだなぁ。

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とりあえず・・・
先日購入したマウスは今のところ順調に作動している。
が、そこは安物。
クリックしたときに中のスプリング?がビヨンと音を立てるし、
全体的に作りがチャチ。
う~ん・・・もう少しケチらずにいいのにしておけばよかったかなぁ。

でも以前の反応しない・しすぎるマウスに比べれば遥かにマシ。
そうだ。そう思おう。

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さとまる

  • 書いてる人:さとまる

  • 北関東在住のおっさん。
    富野信者、富野研究家ではありません。ただの富野資料蒐集癖。
    アルバトロスのZ級映画が大好物。
    ご連絡はdameganoあっとgmail.com(あっとは記号に直してください)までお願いします。

    このブログでは「富野作品論」のような難しいものは扱っておりません。それらをお求めの方のご期待に沿えることは難しいのでリンク先の各サイトを参照なさることをお勧めいたします。


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