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先日書いた富野動画のテキスト起こしが完了。
それは何かというとバンダイチャンネルで配信されていた「オリジナルの肝」
高橋良輔監督がいろいろなクリエイターと対談し、
オリジナル作品作りの肝、オリジナル作品そのものの肝を探しながら、
若いクリエイターたちに何かしらを学んでもらおうというもの。
以前あった「良輔塾」と同じコンセプト。
こうやって後進を育てようとしているのね。

その第11回に富野が登場している。
時期的には「星を継ぐ者」の公開直前。
「星を継ぐ者」のシーンも途中の編集点でインサートされている。

内容は上井草近辺を散策しながら対談する前半と、
サンライズ本社内で対談する後半の二部構成。
それを5回に分けてアップしてみようかと。

ちなみにこの動画、前半は頻繁に編集が入る。
そのため場面が変わる場合はその前にその場面を注記し、
同じ場面で編集が入ったときには改行や画像挿入で整理している。

また書き言葉に直された文章対談ではなく、生の対談なので、
「てにをは」や文脈には少々のブレがある。
さらに相槌や「え~」とか「あ~」とかいった間をつなぐ言葉はなるべく削除して、
大意を伝えるよう編集しているので、
一字一句この通りに話しているわけではないことを、あらかじめご了承ください。

オリジナルの肝 Vol.11 富野由悠季

◇Part1 サンライズの思い出話

(サンライズ7スタ前)7スタ前
 
良輔 おはようございます。
富野 おはようございます。
良輔 これ、7スタ、僕まだ仕事してないんですけど、ここが今メイン?
富野 今Zの映画版を作るにあたってここを使ってます。

(サンライズ旧1スタ前)
 
旧1スタ前良輔 (指をさして)これ…
富野 これ映してやってください。
良輔 ファーストはここで生まれたんだよね。
富野 もちろん
良輔 そうだよね
富野 もちろん。だからサンライズの元々の始まりは、ここの、ここの、ここの、ここの半地下の部屋が、サンライズの始まり…(ドアに腕をはさまれかける)
良輔 あぶないあぶない……

良輔 ファーストは、ここ。で、その後の作品2Fでやってたよね。
富野 あ~……1Fと2F一緒に使ってた。
良輔 イデオンがちょうど終わったくらいで、僕は……ダグラム。
富野 ダグラムそこ?
良輔 ダグラムそこ。だから僕のある意味じゃあ、ロボットものというよりも、いや僕の原作監督第1号がそこで生まれた…

(サンライズ本社ビル前)

良輔 いまこれ本社ビル。
富野 そして今こっちが本社ビルで残念なことにまだ自社ビルではない。
良輔 (笑)
富野 で、今僕がやっている仕事がこれ(「星を継ぐ者」のポスターの前に立つ)
劇場版Zのポスターと
富野 20年前の印象で言えば、要するに、 ここの商店街の人たちが我々が何者かってこともわからなかった時期が、僕の気分では20年間続いて、この数年だよね認知されるようになって。そうしたら今度はこういう(ガンダムの)旗が立ってしまって、この旗がこの商店街ずーっと通りを占拠しているというということで、ハイ、旗と入れ込みの画です。
旗と入れ込みの画 杉並アニメタウン
良輔 無理やりつくるアニタウンじゃないものね。
富野 そうそうそうそう
良輔 密着しているからね
富野 そういう意味では自然発生的に出てきたって部分が間違いなくあるし、逆に言うと今度商店街の目線で…商店街の人からも話聞いたんだけれども、なにか地域活性化のために使いたいというようなことがあって、こういうふうになってきたし、こういうような(ガンダムのイラストが描かれたシャッター)ものが順々に商店街のカラーリングをつけてこうって時にアニメが素材にされるっていうのは…まぁ時代としては…あまり見たくはないんだけれども…
良輔 ま、流れだよね
富野 しょうがないよねってのと、こういうことをやってくる張本人でもあったんだよね…

(上井草駅前)

富野 上井草の駅前です。
上井草駅前
富野 だから、前は駅前の……どっちかの建物の2Fにいたことがある。30年近く前のこと考えたら、このあたりの建物もほとんど建て代わったって感じがあるね。もうちょっと田舎の街だったし、それからバス停が…新しい駅舎になる前は、あそこに小さなロータリーみたいなスペースもありました。
良輔 (駅前の交番を見ながら)みんなスタッフはここにずいぶん世話になったね。ここの交番には(笑)
富野 (笑)
良輔 ここに飲み屋さんがあったんだよ
富野 うん、そうだよ
良輔 で、この奥の部屋ってのが、スタッフの溜まり場だったんだよね。
富野 で、僕はそういうところでおよそ飲み食いをしない人で有名だったからね。
良輔 うんしない。僕は入り浸っている方だったけど。
オリジナルの肝Vol.11
良輔 ここね、富野さんのね、あれは…個人スタジオですよね?
富野 うん、個人スタジオだけど結局ガンダム直後イデオン以後のところで、それこそ埼玉県の新座市に帰ってる暇がなかったんで、ここでサンライズとほとんど心中するつもりで、ここに事務所をおいてたこともあります
良輔 実はね、この建物が、ここがね、例の喫茶店でこの上にあったんだよね。2Fに一番最初サンライズの…ま、ここのこをあげたというか、その時の建物だね。だけど全然もう…
富野 考えてみたらもっと印象が変わっちゃったのが、このマンションの奥隣には銭湯があったんだけれども、その銭湯も去年なくなってしまったんで、本当にこのへんの景観は変わってしまいました。
良輔 銭湯はよく行った?
富野 あの…
良輔 僕は結構行ったんだけれど
富野 だって行かざるを得ないじゃないか。それこそ事務所のお風呂に入るより銭湯行ってる方が早いんだもの。

つづく



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グーグルマップで
こんな日曜日

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気がつくと今年も物欲に負けていろいろなものを買ったなぁ。
で、買ったはいいが整理整頓が壊滅的にできないために部屋中がものだらけに。
汚いというよりはものが多い。

で、かごだのなんだのに突っ込むのだが、
今度はそのかごだのなんだのがあふれかえることになり、いっこうに片付かない。
そもそもクローゼット収容のキャパシティを超えているのではないかと思ってしまう。
だから見えるところにまで死屍累々ものがあふれかえってしまう。
この年になって言うことではないと思うが、きちんと片付けや整理整頓ができるようになりたいなぁ。

















なら、ものを買わなきゃいいじゃんという至極当然の手段は全力でスルーですが何か
前々からやろうやろうと思っていた富野動画のテキスト起こしに着手。
45分近くというのはかなり長くて大変だけど、
見ていると本当にためになることが多いから頑張る。
ついでにグーグルマップで付近の地図を見てみたり、
映像をキャプってみたりいろいろと風邪っぴきなのに頑張った。
実際にうpできるのはだいぶ後、もしかしたら来年になるかもしれないけれど、
作業自体が楽しいから無問題。
おそらくは4~5回にわけてのアップになると思う。

それにしてもグーグルマップはすごいな。
まさかこんなところまで地名表示されるとは。
たしか前に調べたときはなかったはず。
ストリートビューもばっちりわかるくらいだよ。
たしか○○○はここから徒歩数分のところらしいから、
丹念に調べれば外観だけでも見られるのかなぁ?

おっとよだれが
2008.11.27
頭がくらくら
背すじはゾクゾク

どうみても風邪です。


油断した……
なにやらハリウッドでは鉄腕アトムのリメイクを作っているとか。
そのトレーラーが先日公開されたのですが……



( ゚д゚)ポカーン

(つд⊂)ゴシゴシ

( ゚д゚ )

えっと…コレハナニ?


なんかオラワクワクしてきちゃったぞ。
ダメ映画スキーとしてはたまらない感じなのですが。


まぁ、かつてはアニメ版の前にはこんなものも作られていたんだしなぁ。
手塚プロ的にはこの程度のデザイン変更は無問題?


前回の続き。
これで最後~。

「人間とは一体何者なのか」という根源的テーマ

富野 
筑紫さんはテレビの公開討論などで若い人たちと積極的に意見を交わしていらっしゃいますけど、自己、あるいは自己責任というテーマに関連してくる内容も多いんじゃないですか。二十一世紀を担う世代ですから、やっぱり気になります。
筑紫  いろんな世代とディスカッションしてきた実態として思うのは、若い人たちの方がその親世代の大人たちよりも、きちんと物事を考えようとしているということ です。大人たちはさっきも言ったようにすぐ一件落着したがって、しかも起承転結の「結」までのスピードが年々速くなっている。ワイドショーなら誰々の離婚は一件落着、ハイ、誰々の不倫も一件落着で構わないけれどもね(笑)。その点、若者世代は物事の根本の部分をちゃんと納得したいという正しい欲求を持っている。で、これはそういう若者の一人である高校生の男の子が投げ掛けた議論なんですが、彼は「なぜ人を殺してはいけないのか」と質問したんです。
富野 なるほど。非常に根源的なテーマですね。
筑紫  このときのテーマは『彼らの戦争・僕らの戦争』というもので、8月15日に生放送でやったディスカッションなんですね。というのは、今の子供たちにとっての現在というのはまさに今このときであって、2,3日前のことは立派な過去なんです。そんなスピードで生きている上に、今の学校教育では現代史を教えないから第二次大戦のことなど何も知らない。つまり、戦争について考えるというのはある意味で人間の本質を考えることでもあるのに、彼らにはその時間も機会もなかったわけですから。もちろん、そういう生活環境や教育システムを作ったのは我々大人の責任でありまして、これは反省させられることも多々あるだろうとは思ってはいたんですね。子供の戦争というのは、子供の世界でもいじめ、暴力という戦争が起きているわけだから、この機会にこれも基本に立ち返って考えてみよう、ということでセッティングしたんですけどね。
 それでディスカッションを始めたら、この「なぜ人を殺してはいけないのか」というまさに本質をついた質問が飛び出して、我々大人たちは説得に手こずった。で、なぜそういうものを放映するのか等々、我々の番組は猛烈なバッシングを受けることになったんですけどね。
富野  それは違いますよね。「なぜ人を殺してはいけないのか」という質問は、まさにこの『ポップコーン』の中の犯人ウェインが「なぜ殺すのか」と聞かれて「ただヤッちまうんだ」と答えたのと逆の方向から、自己、自己責任という本質を考えるきっかけになるんだから。それはやっぱり大人がきちんと答えて納得させないといけないです。でも無茶苦茶手こずるよなぁ(笑)。だって、彼らには殺す、殺されるという実感がないし、人類がはじめて法を作ったときにまず最初に「人を殺すな」と書いたことから始まって、現代史のヒットラーはもちろん、その間も先生が教えたがらないことがいっぱいある殺し合いの歴史だって知らないんですから。
筑紫 そうなんですよね。その高校生は人を殺そうと思っているわけでも何でもなくて、こういう機会に物事を根源的に考えたいという非常にまともな子なんですよ。
  結局、大人が説得するのに手こずったのは、一つにはそういう根源的な質問に対してきちんと答えられる思想とそれを表す言葉を持っていなかったからなんですが、それよりもやはり、学校教育をはじめとするさまざまな部分で、我々が彼らに与えなかった物事、あるいは押しつけてきた物事に対する反省の方が私には大きかったですね。
富野 本来果たすべきだった自己責任の重さを突きつけられた……。
筑紫 そういうことろも あります。我々人間というのは喜怒哀楽の豊な感情を持っていて、だからこそ殺し合う動物なわけで、そういう本質を知って、自分勝手なエゴでない自己を確立 するには「人間とは一体何者なのか」ということを洞察することが重要ですが、これが難しい。とくに、生き死にの極限的な実感がない時代に生きる世代にとっ てはね。
富野 僕は、若い人たちの回りにいる大人というのも、彼らの立派な洞察の対象だと思うんですね。そこで大人たちには、自分の言葉で話して欲しいと言いたい。これは別に難しいことではなくて、挨拶でも、普段の会話でも、自分にフィットした嘘っぽくない言葉で表現するということ です。というのは、最近とくにこの自分の言葉をなくしてしまう大人たちが増えていて、大抵は職場に埋もれてというか、無個性化してしまうんですけれども、 そういう人の言葉には説得力がないし、素直な喜怒哀楽も伝わってこない。もちろん、その人らしい自己も感じられないですね。
筑紫  そうですね。それはつまり、自分の言葉に自信を持つ、自信を持って発言する。ということだと思うんですよね。その積み重ねで自分らしい言葉が身についていくわけですね。それと、言葉にするしないは別として、人が誇大妄想と言っても自惚れと言っても、自分はこれだと思った物事に確固たる自信を持つ。そうすると自己責任もでてくるんですね。



対談はここまで。
『∀の癒し』や『情けない神の国の片隅で』にも出てきた、
「なぜ人を殺してはいけないのか」の問いはここから出ている。

後に富野は『∀の癒し』の中でこの問題について、

このことは、一年以上ぼくの中でテーマになっていた。
そして、解答がみつかった。
ひとは、人殺しをするものなのだ。だから、殺してはならないと決めたのだ。


こうまとめている。
つまり、人を殺すことを許容すれば、
自分もその対象になるかもしれないという自己防衛的な観点、
それから社会の構成要員がそのようなことでいなくなれば、
社会活動が停止するかもしれないという利便性の観点から「殺してはならない」としている。

それでもひとはひとをまちがって殺す。うかつに殺す。
だから、道徳的にも殺人はいけないというようにおしえこむ。世の中そうなっている、と喧伝する。
これは殺人はいけないとわかれ、という直説法ではないために、理解し、認識する必要がある。



話はこのあと礼儀作法や神観念にテーマが移っていくのだが、
これに関しては2003年の東大講演と絡めて後日まとめられたらいいなぁ。

■関連記事
ポップコーン巻末対談(1/3)
ポップコーン巻末対談(2/3)
Youtubeに動画をアップがてら、いろいろな動画を見たり、
逆に動画を紹介しているブログなりを閲覧していたらこんな動画を見つけた。



編集と音楽だけでメアリーポピンズがこんなにも恐ろしい映画になってしまうとは。
まさに編集の魔術。チムチムチェリーなんて到底流れなさそうな映画になっちゃったよ。
以前にも紹介した杉並アニメーションミュージアムで見られる富野コメントで、

映像化とはいくつかのカットをまとめて一つの話をまとめること。さらにアニメや映画はそれに効果音や台詞がつく。それらを映像とどのようにマッチングさせればいいのか想像的な指示を出すのが監督。


映画はカット割によって、同じ台詞を話していても、台詞の意味性が劇的に変わってしまう。それをふまえての演技・作画が物語全体の流れの中で果たす役割を想像するセンス、能力、認識することが必要。


このように語っていたけど、これをみるとまさにそうなんだろうなと思い知らされる。
それが「映像の原則」なのだろう。
4873765803映像の原則―ビギナーからプロまでのコンテ主義 (キネ旬ムック)
富野 由悠季
キネマ旬報社 2002-02

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「映像の原則」といえば、kaito2198さんのブログでこんな記事があった。

富野由悠季監督が書いた技術書『映像の原則』ですが、
皆さんはお持ちしているのでしょうか
それで、もし読んだことありましたら、
その内容についての感想を教えていただけないでしょうか
その原則について頷くとか、役に立ったとか、もしくはまったくのナンセンスとか、
富野の演出観が見れてよかったとか、アニメに対する目利きがよくなったとか何でもいい、
あの本を読んで、感じたことなら、何でも教えてください


オイラも何か書こうかな?と思ったものの、
忙しさにかまけて完全にスルーしてしまった。

というよりも何よりももっと大きな問題が。

オイラ『映像の原則』ちゃんと読んでないや


Σ(゚Д゚;エーッ!
いや、マジで。
なにもかもすまん。

富野の文章のせいではないと思うがどうにも読みにくく、かつわかりづらい。
読んでいると自然と上のまぶたと下のまぶたがコンニチハーしてしまう。
読んだといえるのは第1章の「映像の根本」と第5章の「映像の原則」くらい。
あとはパラパラ流して面白そうなところを拾い読みした程度。
それじゃあ「眠くなる」以外は感想もへったくれもないぜ。
最近ここで映画レビューもやり始めたので、
ますます読まなきゃなぁとは思い手の届くところに置いてはいるのだが……。

■関連記事
杉並アニメーションミュージアムライブラリ収録富野由悠季インタビュー

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前回の続き~。
3分割したら一つ一つが短くなっちゃったけど(゚ε゚)キニシナイ!!

誰もが自己責任をとらない社会

富野
 この作品で描かれているアメリカ社会の問題が、そのまま今の日本の社会の問題なんだと改めて考えたとき、さっきも少し話に出ましたが、映画にしろテレビにしろ、もちろん僕がやっているアニメにしろ、作り手側がお金を生み出してくれるマーケットに擦り寄って行くという状況は、もう続けてはいけないんじゃないか、と思うんですね。消費型の情報、ひいては消費型の文化というのじゃ困る。
 たとえば、自動販売機で飲み物を売るというのは、どんどん与え、どんどん消費させるビジネスの典型だと思うんですが、おかげで一般大衆はこれだけ汚く空き缶を捨てるようになった。この始末は誰がつけるんだと言ったら、誰もつけてくれない。なぜなら、自己責任をとるという意識が売った側にも買った側にもないから、という状況を一足先に露呈しているわけです。それなら、自動販売機はなくしちゃえ、一回で飲み切れる缶のような容器は法律でやめさせろ、という発想が僕にはあるわけです。少々不便になったって、それくらいいいじゃないかと。もちろん、それをやったら、規制です、統制です、ということになる。
筑紫 当然なるでしょうね。
富野  ええ。で、それは大衆をコントロールする方向に走っていくことになるから、やっぱり自由競争はあっていいんだとは思います。でも、我々はすべての物事にこれを繰り返してきた結果、問題山積の今の社会を作ってしまったわけですから、システムを根本から考え直すなり何なりするべきじゃないかと思うんです。
筑紫 確かにそうなんですね。そうなんですが、作り手と受け手の問題というのは必ず両面あるんです。それが厄介なところで、『ポップコーン』を読む人にもそういう感想を持つ人がたくさんいるだろうと思いますよ。
  その両面というのは、一つは作り手の方がビジネスとして観客や視聴者に追従していくときの問題ですよね。もう一つは、まったく矛盾する話なんだけれども、 送り手側が消費者を操作する場合の問題。『ポップコーン』にはこの両方が描かれていて、しかも誰にもコントロールできないんです。
富野 ええ、できないんです。
筑紫  それがゾッとするくらい上手く描かれているのが、犯人が視聴率モニターをチェックしながら「テレビを消せば殺さない」と言う、まさにあの部分。あのときに 視聴者としてテレビを消すことはほいぼ不可能ですよ。自分をコントロールできない。じゃあメディア側がコントロールできるかと言ったら、これもコントロールできない。あの事態を仕掛けた犯人自身さえコントロールできなくて、結末のカタストロフィへと流れ込んでいくわけです。
 自己責任というこのドラマの主題は、最後のあの部分に凝縮されていると思うんですね。誰も自己責任をとろうとしない社会。これは、お前は無責任だという問題ではなくて、責任がなかなかとりにくい社会になってしまった、ということだと思います。
富野 日本でも、バタフライナイフを使った少年の事件に関して、ナイフを持っていたのはテレビのドラマを真似たからで、だからテレビが悪いとか、いろいろやってますね。
筑紫  まさにこの件は、自己責任がとりにくい社会になってしまったことを物語っていますよ。バタフライナイフを軸にした教育の議論をずっとやっていて、その中で一番明らかになってきたのが、誰もが誰かの責任にしたがるということなんです。親たちは学校の先生を非難したがるし、学校の先生は親たちについて言い立てるし、社会が悪い、教育のシステムが悪い、いやマスコミが悪いと、責任の所在を指し示す様々な言い分があらゆる角度に飛ぶ。自分に責任がある、もしくはあるかもしれないという自覚が、非常に持ちにくい状況であることは確かです。それで、バタフライナイフを使った少年自身はというと、少年院に収監された後、 自分がこういうことをしてしまったのはバタフライナイフが出てきたドラマのせいだ、と弁護士に言ったそうです。つまり、誰もが自分の責任ではないと言っているわけで、これはまさに『ポップコーン』とまったく同じなんですね。
富野 このドラマでは犯人自身がO.J.シンプソンの例などを持ち出して、殺人を犯した加害者が被害者になり得る現実を語っていますよね。で、自分の場合は監督の映画に影響されてしまった被害者であると。これは一体どういうことなんだと考えていくと、それはつまり、殺人を犯した人間に対して、この殺人はなかったことだ、という論法を編み出した弁護士たちがいるということですよ。彼らが今の自己責任をとりにくい社会を作ったとは言いませんけれども、かなりの部分で責任があるように僕はおもうんですね。
 それと、誰もが自分の責任ではないという状況は、そもそも自己責任とは何なのか、というコンセンサスをきちんと手に入れていない中で生まれたのではないかと、僕には思えてならないんです。
筑紫 いや、根源的なテーマはまさしくそこですよ。
富野  早い話、自己がない人に自己責任がとれるわけありませんからね。僕がしばらく前から、ここのところは勘違いしてもらっちゃ困るよなと感じていることがありまして、それは、自分は今こうしたい、これが欲しいというような欲望のエゴと、自立した人間の自意識、自己といったものを指し示すエゴとは違うんだよ、ということなんです。今の日本の社会で横行しているのは、欲望としてのエゴはあるが、本来意味するところの自己はないという状況。だから僕は、自分のしたことに対して責任をとらないのは自己がないということだよと、本来的なエゴイズムを崩壊させていることに気がつかないで、ペラペラと薄っぺらな理屈をつけて他人に物事を押し付けるのは不幸だし迷惑だ、と言いたいんです。
 僕が、『機動戦士ガンダム』でやったのは、そんなヤツはみんな死んじゃえ!(笑)。現実で人は殺せないから、作品の中で正義の味方はバンバン悪者を退治しちゃうわけです。
筑紫  富野さんがおっしゃることはまったくその通りで、自己がないというのは、さっきのアメリカ社会も日本社会も根幹が抜け落ちているという話と繋がっているんですね。だからバタフライナイフの件一つにしても、誰もが自分の責任ではないと言っているこの状況はどこかおかしくないかとか、そういうことも含めてじっ くり議論する必要があるんです。にもかかわらず、子供の事件が多発しているんだから、すぐ少年法でワーッとやっちゃえと、大人自身が凄いショート・サーキットで短絡的なんですよ。それじゃ本質的な問題解決にはならないですよと異議申し立てをするたびに、猛烈な抗議の電話がかかってくる。何でも早く決着をつけないと苛立つこういう大人たちが、一番困るんですよ。


えっと……ガンダムってそんな物語だったっけ?

それから、自己責任に関するくだりでは、
オウム事件の際にアニメが教団に与えた影響を危惧し、
そのことについてコメントすら拒否するパヤオや松本零士氏に対して、
「日本人的な用心深さが鬱陶しい」と批判[*]した富野らしい発言。

アニメ作家としての「責任」として、

僕はロボットのためのロボットものにするんじゃなくって、もうひとつ踏ん張って人間のドラマを描いてきたつもりだった。けれども、それがまだ表現としては未完成なアニメにいつまでも固着してしまって、その感性から卒業できない若者層を生み出してしまったのではないか。それは、このメディア全体のCMなんかのサブリミナル効果を含めた影響力の一部であり、その罪を僕も担っていると感じた

と95年当時に発言している。


*週刊プレイボーイ95年9/12号掲載インタビュー

■関連記事
ポップコーン巻末対談(1/3)
アニメとリアルの境界から覗けるもの
「マンガとかアニメは親に隠れて見るのが正しいんです」

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テラビシアにかける橋


B00166OFA8 テラビシアにかける橋
ジョシュ・ハッチャーソン, アナソフィア・ロブ, ズーイー・デシャネル, ロバート・パトリック, ガボア・クスポ
ポニーキャニオン 2008-06-27

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『ナルニア国物語』と『ロード・オブ・ザ・リング』のスタッフが放つファンタジー。気弱な少年・ジェスは自由奔放で風変わりな転校生の少女・レスリーと仲良くなり、空想の王国で冒険を楽しむようになるが、ふたりに過酷な出来事が降り掛かる。
油断した。
年甲斐も無く泣いてしまった。
いやあ、いい映画だった。

単なるファンタジーと思いきや、さにあらず。
夢見がちな少年が生きる「現実」の物語。
CGによるファンタジー世界の表現もあるのだが、
あくまでもそれは添え物に過ぎず、根幹となるのは現実。
だからこそ、めでたしめでたしでは終わらない過酷さがある。

ファンタジーってのは辛い現実から逃れるための手段であることは間違いないんだけど、
そこから現実を生きる力を得ようとせず、閉じこもって現実から逃げたままでは本末転倒。
そういったことに気がつかせてくれる。

主人公のジェスとレスリーは、言ってしまえば妄想にふけって、
学校生活での嫌なことを忘れようとするのだが、
決してその妄想の世界「テラビシア」に留まらず、
いじめっ子にリベンジしたり、自分のやるべきことを積極的にやろうとしたり、
そこでの体験(ぶっちゃけ「ごっこ遊び」の妄想なのだが)を現実世界にチャレンジする勇気に変えていく。
そういったファンタジーの持つ本来の力を感じさせられた。
富野には申し訳ないが、そういう点はバイストン・ウェルの物語よりも、
構成的にも上手くできていたと思う。

なによりも主人公の少年の心の揺れ動きを上手くとらえているし、
そういった心情の機微の演技が上手い。
セリフが無くても心境がわかる。
レスリーやジェスの妹も、子役の演技が非常に良い。

そして終盤の急展開への伏線も、
少年の年上の女性への密やかな憧れと、
いつも一緒にいる女友達を天秤にかけた結果というのがなんとも重い。

内容を知ってから観てみようと思ったのではなく、
偶然手に取った作品だけに、当たりを引いたことがうれしかったなぁ。
先日購入した文庫本、ポップコーン。
お目当ては巻末の富野対談だったのだが、折角なので本文も読んでみた。
つーかなんという本末転倒。

物語は物凄く簡単にまとめると、
セックスとヴァイオレンスが特徴の映画監督ブルースの自宅に、
彼の映画のファンである連続殺人鬼のカップルが立てこもり、
駆けつけたテレビ局に対していろいろな要求をしていくというもの。
マスコミのモラルの問題や、
映像作品が見るものに与える影響……
などなど映像業界の抱える問題をあぶりだしている。

実際に殺人カップルが立てこもるまでの前半は、
ちょっとかったるいなぁという印象だったのだが、
後半はグングンと引き込まれて読んでしまった。
いや存外に面白かった。
「マスゴミ( ゚Д゚)<氏ね!」と口汚く罵るのもいいが、
じゃあどうすればいい?と考えねばならない状況になっているのではないかな。

というわけで巻末の富野と筑紫哲也の対談を転載。
思ったよりも長くなりそうなので、3回に分けてみる。
そういえば筑紫哲也氏もお亡くなりになっちゃったのね。
富野はまだまだ長生きして欲しい。

 

対談『ポップコーン』の向こう側


筑紫哲也(ジャーナリスト)
富野由悠季(アニメ監督)


現代のメディア社会の問題とイギリス人の視線

筑紫  『ポップコーン』を読んで僕が一番感心したのは、現代社会のまさしく「今」を見事に切り取っているところなんですね。テレビの仕事をしていると今を切り取 ることの難しさを痛感するんですが、作者のベン・エルトンは、アメリカという巨大なメディア社会が今このとき抱えている様々な問題を、「自己責任とは何か」という大テーマを軸に見事に描き切っている。
富野 稀に見る傑作、快作だと僕も思います。彼自身の才能によるところも大 きいんでしょうが、世界中に植民地を持っていた大英帝国崩壊後、ヨーロッパの端っこからその世界を察してきたイギリス人の視線というのは、やっぱり素晴ら しく客観的でシニカルだなあと。そんなところもあらためて感心させられました。だからこそ模倣殺人という問題もシリアスになり過ぎず、コメディとして描けるんでしょうね。
筑紫 外交の世界で「オブザベーション・ポスト」という言葉があるんです。その国をよく分かろうとしたら、 その中にいるより、むしろあまり遠くない、適当な距離のところから見るのが一番だということなんですが、アメリカという国を知るのにもっとも適した距離にあるのがイギリスだと思いますね。アメリカの文化の基本はアングロサクソンですから。
富野 実を言うと、ここ十数年、僕の中にはずっと向き合ってきたテーマがありまして、それはつまり、我々はメディア社会と呼ばれる中で様々な情報を手に入れているように見えるけれども、それを知識として身につけるのに肝心な根幹の部分を見失いつつあるんじゃないか、ということなんです。そしてインターネットまでがダーッと普及した今、明らかに根幹の部分を摑まえていない世代がドンと出てきた。そのギャップの大きさと、バブル経済にはしゃいで、根幹の部分の大切さをきちんと言葉として下の世代に伝えなかった我々世代の責任とを実感しているところに、この『ポップコーン』が出て、いやあ困ったな、全部やられたなと(笑)。
筑紫 まさにそういう状況を背景にした作品ですね。日本には日本の社会の、アメリカにはアメリカの社会の基本的な根幹があるはずなんだけれども、それが抜け落ちているという状況がどちらにもある。
富野 僕が一番怖いなと思うのは、メディアの送り手側がビジネスとしてどんどん消費者に与える、という姿勢です。
筑紫 情報そのものが非常に消費型になっているんですね。しかもスナック菓子のように食べ続ける、とりあえずの消費。そのシンボルとして作品中に出てくるのが、あの監督の作っている映画ですよ。
富野  ええ。エンターテインメントというのは本来、人間が持っている喜怒哀楽の根源に対してするはずのものが、今は「ワア凄い!」とか「キレイ!」とか、そのと きだけの刺激としてのエンターテインメントになってしまっている。たとえばゲーム界の人たちが明らかにそうですね。新しいソフトを次々に消費者に提供するというビジネスであり、本来的な娯楽論はないんですね。これは文化をも消費しちゃうということで、僕は凄く怖いことじゃないかと考えているわけです。
筑紫  その場限りの消費ということと、もう一つ、情報の捕らえ方が非常に断片的になっているという一面もあると思うんです。たとえばこの『ポップコーン』に出てくる殺人カップルの女の子の方が、自ら教養がないと認識しているにもかかわらず、最後の方の場面で「アメリカの半分は地獄に住んでいて、ほかの半分はそれを眺めて楽しんでいる」なんて言葉を吐くのは、本当にゾッとする。つまり、根幹の部分はすっぽり抜け落ちているけれども、自分のエゴを正当化したり、プロテクトするのに有効な断片は情報として鋭く捕らえているわけです。
富野 まさにそういう情報の捕らえ方をしている言葉を、今の日本でもよく耳にしますね。お前、自分の言葉でしゃべれよと(笑)。ところで、この『ポップコーン』という作品では、無差別殺人の犯人が自分たちを救済する手立てとしてテレビを利用するわけですが、筑紫さんは実際にテレビの仕事をされていて、しかも作品の舞台であるアメリカに住んでいらしたこともある。 実感として、僕よりもずっとリアリティを持って迫ってくるんじゃないですか。
筑紫 それも、とても皮肉なリアリティなんです。現実の非現実化、非現実の現実化と言うか。この作品の中に描かれているアメリカ人のある種の虚飾性を、アメリカに住んでいるときに僕は嫌というほど見てきましたけど、これは実はテレビというメディアの発達と非常に関係があるんです。
 それはつまり、世の中には二通りの現実があって、一つは現実に起きたこと、もう一つはそれがどう見えたかということで、大事なのは後者、どう見えたかなんです。この方向へもっともアクセルをかけて進めていったのがテレビであり、それを大衆のメディアとして受け入れることで、アメリカ人は自分たちが見たこと が現実であると認知するようになっていった。いい例が湾岸戦争です。テレビゲームのような画面を通じて、爆弾を落としたのは見えても、落とされた側の苦しみや悲惨さは見えないという形で、多くの人がこの戦争を認知した。そして、こういう認知の仕方が人間の振る舞い方というものに物凄く影響するんですよ。
富野 テレビカメラや人々の目によく映るように、内側はどうであれ、表向きを装うテクニックを身につける。いわゆる外面重視の自意識というやつですよね。
筑紫 まさしくそうで、アメリカのテレビ界ではその手の有象無象がしのぎを削っている。セレブリティって言うんですけど、要するに有名人ですね。この人たちの嫌らしさというのは、この作品の主人公のブルースがまさに体現していますが、もう堪らないものがある。
富野 見ているこっちが恥ずかしくなりますよね。
筑紫 しかしアメリカに限らず、メディアが広がっていく社会においては、そういう種類の人間がどんどん作られていく。我が国でもすでに相当作られていますよ。
富野 ああ、分かります分かります。それぞれ個性らしきものをアピールしていますよね。
筑紫  カメラを向けた途端に皆それぞれの芝居を始める(笑)。まだヘタなんだけど、皆それぞれ指向はあるんですよ。どう見えるかが重要だと考えているのは、テレビの世界を職場にしている人たちだけじゃないんですね。政治家にしろ何にしろ、今やテレビ映りで上手に説明できるのが勝ちであり、テレビというメディアを使いこなせない者は敗者である、という構図が完全に成り立っている。いわゆるメディア作戦ですよね。『ポップコーン』の中で殺人犯ウェインが企てたメディ ア作戦は、現場でのテクニックに勝る監督に揺さぶられて悲惨なカタストロフィを迎えてしまうわけだけれども、断片的な業界用語を知っていたり、視聴率で状況の操作を試みたりするあたりには、生まれてこの方テレビを見続けてきた世代らしいリアリティを感じますね。 



続きはこちら
2008.11.21
最近自分のブログで手一杯で他所様のブログとかにぜんぜんコメントできてません。
見ることはちゃんと見てるのよ。
そのためのRSSリーダーなんだから。
でもコメントを残すまでは手が回らない。
どうにもそこまでの気力が…。
だいたい自分のところのコメントすら遅れ気味なのに。

と言うことでこの場を借りてお詫びします。

壊滅大津波


B000VZTWTO 壊滅大津波
アンガス・マクファーデン; トム・スケリット; カリーヌ・ヴァナス, ブルース・マクドナルド
NIKKATSU CORPORATION(NK)(D) 2007-12-14

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大津波の脅威を描いたディザスターパニック。空前の大津波によりアメリカ東海岸の都市が壊滅。津波がテロリストの海底核爆発により引き起こされたことを掴んだ者が殺され、その容疑者にされてしまった科学者のジョンは、テロ計画を阻むべく奔走する。
長いよ!
だいたいこの手の映画の場合、90~100分が平均的な長さになっています。
ところがこの映画はなんと178分。
実に3時間弱の大作です。
それもそのはず、それぞれ90分弱の前後編による構成になっているのです。

その178分を時が経つのを忘れるほど楽しめればいいのですが、
途中で見るのが辛くなるほど冗長な部分が多く、
特に後編は構成からなにから全てグダグダ。
前編はそれなりにハラハラドキドキ楽しめただけに、
尻つぼみにスケールダウンしていく内容にはがっかりしてしまいました。

細かい矛盾点も散見され、例を挙げれば、
津波から逃げる車が波に飲み込まれそうになるシーンでは、
直前まで窓が開いていたにもかかわらず、車内に一切水が入ってこなかったり、
真昼間のシーンで、10~15分で着く場所に到着したら真っ暗な夜中になっていたり…
もうちょっと構成を練り直し、120分程度にまとめたらテンポ良く見られるかもしれませんが…。

この映画、説明ではディザスターパニックになっていますが、
それ以上に陰謀に巻き込まれた主人公のサスペンスの色合いが強いです。
実際津波も劇中3回しか起こりませんでした。
その津波もなんというか一昔前のCGみたいなんですよね。
実写と合成するときはさらに酷い。
オイラのファーストインプレッションは、「ヒッチコック?」でした。
「北北西に進路をとれ」の初めの方で、
主人公の乗った車がコントロールできなくなるシーンの合成技術にそっくりでした。
もうちょっとうまく合成しましょうよ。

前半を見終わった時点でちょっと期待しただけに、
後半のグダグダにはがっかり。
最後の津波の起こし方や決着のつけかたにいたってはもう…。
構成って大事だね。
(そういうオイラの書いたこの文の構成もグダグダだ)

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ついこの間年が明けたように感じていたのに、
気が付けば今年も残すところ一月余り。
忘年会の予定なども入り始めた。

去年の今頃は何をしていたかなぁ?とログを見てみたら、
ちょうどダイターン3を見ていた頃。
あれからもう1年か。なんか昨日のことみたいだよ。

20歳を過ぎてから、明らかに1年1年が加速度的に早くなってきたような気がする。
子供のころ、いや17~8の頃まではもっとゆっくり流れていたはずなのに。
今年なんか本当に早かった。
本当にあっという間。

なんでだろうなぁ、とず~っと思っていたのだが、
こんな本を発見。
4413042182一年は、なぜ年々速くなるのか (青春新書INTELLIGENCE 218)
竹内 薫
青春出版社 2008-11-05

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408720460X大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書 460G) (集英社新書 460G)
一川 誠
集英社 2008-09-17

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な~んか読んでみたくなっちゃったなぁ。

ファイナルファンタジー


B00005UQFR FINAL FANTASY ― ファイナルファンタジー ― (スタンダード・エディション)
ミン・ナ, アレック・ボールドウィン, ヴィング・レイムス, 坂口博信
アミューズソフトエンタテインメント 2002-02-22

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ヒットゲームの生みの親・坂口博信が監督を務めた、全編フルCGのSF映画の普及版。隕石と共に飛来したファントムにより、地球は滅亡の危機にさらされていた。武力で敵を撃退しようとする軍に対し、女性科学者は生命の持つ力を結集し地球を救おうとする。
以前にギムG宅を訪問したときに、押し付けられたわざわざ頂いたもの。
ずっと見る気が起こらずに塩漬けにしていたのですが、
ようやくのことに勇気を振り絞って見てみました。

うぼぁー



CGがものすごくきれいだねー。
それくらいしか観た後に残りません。
本当にCGがきれいです。髪の毛一本まで繊細に表現されています。
キャラクターも、しわやそばかすまで表現されてまるで人間みたいです。
数年前の技術でこれですから、今同じことをやったらもっとリアルになると思います。

でもそれだけです。
中身がないんですよ。
富野がここ10年近く言い続けていることですが、
CGというのはあくまで表現のツールにすぎないんです。
それで何を見せるのかが問題なんです。
「どうやって」の部分がメインになってはいけないんです。
そういうことを知るには好例の作品だと思います。
大金投じてバーチャルな人間を作るよりも、
生身の人間に演じさせた方がよっぽど安上がりでリアルになると思うのですが。

まず、ガイア理論を曲解して感化された、
どこかの新興宗教団体がつくったようなお粗末な設定にうんざり。
地球そのものが精神体とかいわれても、電波を飛ばしているとしか思えません。
オイラはゲームについてあまり知らないのですが、
FF世界の設定を中途半端に現実世界の地球へ持って来ようとしているのが、
この映画の最大の失敗なのではないでしょうか。
そういった設定を使うなら、ゲームと同じ世界観にした方がわかりやすかったと思います。
未来の地球の話にするから、スピリチュアル(笑)なトンデモ与太話になってしまっています。

また、ストーリーもダメ映画特有の「説明不足で思わせぶりなシーン」の連発で、
何が襲ってきてどういう状況なのかがさっぱりわかりません。
まるで続き物を途中から見始めたような錯覚を覚えます。

それでもまだ中盤まではなんとか着いて行けたのですが、
終盤の展開には別の意味で圧倒されてしまいました。
全く意味がわかりません。
理解不能です。
完全に置いてけぼりです。
なんというか自己満足な俺設定の連続には、
リア厨っぽいなぁと感じてしまいました。
「ファイナルファンタジー」というタイトルも、
中身が違っていてもそうすれば原作ファンが食いつくだろうという魂胆がミエミエですし。

ただ、ネットではいろいろと酷評されていたようですし、
北米での公開も大コケしたようですが、
そこまで酷い作品とも思えないんですよね。
これよりもはるかに酷い作品をいくつも見てますから。
というか、オイラに耐性がつきすぎたのでしょうか……

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2008.11.18
どうもマウスの調子がおかしい。
クリックしても認識しなかったり、
シングルクリックなのにダブルクリックで要らぬファイル開いちゃったり。

以前にも同じような状況になったことがあったと思うけど、
そのときは自然と直ったような記憶が有るけど今回はどうだろう。
買い換えるのは懐が痛いが、直らないと不便だし…。
先日に引き続き、ギムGから荷物が届いた。
いわゆる「ぼむ」というやつだ。
過去何度もこの手の荷物が仲間内を行き来している。
これとか、これとか、これとか、これとか、これとか、これとか、これとか)
今回もまた大きな尼箱。
「奴が泣き叫ぶ様が目に浮かぶぜw 」と某所で書いていただけに、
何が入っているのかガクブル状態。
しばし開封をためらうも、肚を決めて開封してみる。

中からは…


ガンプラキタ━(゚∀゚)━!
gymbom1118_01.jpg

なにこれ、マジで頂いていいの?
どれも「欲しいなぁ~」とか繰言ほざいた覚えがあるものばかり。

いや、待て。
問題は中に何が入っているかだ。
外見に騙されたことが過去何度有ったことか。
一つ一つ確認せねば。

まずは1/100V2アサルト。
gymbom1118_02.jpg

ホッ…普通だ。
しかしこのキット、すでに色分けされているんですね。すげー。
でもこういうキットの金型って損耗しやすそう。

次はギャプラン。
gymbom1118_03.jpg
ホッ…これも普通だ。
と思ったら、箱の底から出てきたインストは…

gymbom1118_04.jpg
ちょ、おま、違…

そしてラストのゾック。
まぁ、ゾックも欲しかったけど、同じ水中用ならアッガイも欲しいよなぁ。
この前あんなこと書いたから?なんて考えながら開けてみたら……
























gymbom1118_05.jpg
いや……ねぇ……ゾックに違いは無いんだけど……。
これはアレですか?
自分が初めて組んだガンプラがゾックだったというトラウマを、
そのパーツ数の少なさに愕然とした思い出とともにオイラにも植えつけたいと、そういうことですか?


まぁこちらも迎撃体制は整っているので、早ければ今週中にもお届けできるのではないかと。
首を洗って楽しみにしていてくださいね。

あらしのよるに


B000EWRH46あらしのよるに スタンダード・エディション
きむらゆういち
東宝 2006-06-23

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きむらゆういち原作のベストセラー絵本を、主演声優に中村獅童と成宮寛貴を配して映画化したハートフルアニメ。嵐の夜に真っ暗闇の山小屋で出会ったオオカミのカブとヤギのメイ。お互いの正体を知らないまま心を通わせた二匹は再会を誓い合うが…。



いい物語なのだろうとは思う。
ただ、最後まで何か違和感が残って仕方が無かった。
その理由は大きく分けて2つ。

1つ目は食う者と食われる者の関係。
狼が羊を食べるのは、我々が肉や魚を食べるのと同じで生きるためのもの。
狼が残酷だからだとか、悪者だからだとかいう理由ではない。
作品の中でもそれをきちんと描いてはいるのだが、
やっぱりメイに「ネズミでも殺すのは嫌なんだ」というセリフを言わせ、
ガブの捕食行為をとがめるような空気が漂うのはどうだろう。

2つ目はガブとメイの友情の描き方。
これはどうみても友情、特に男の友情というレベルを超えている。
「常に一緒にいたい」という感情はすでに友情ではなく愛情に近い。
オス同士でこういった表現がされることには違和感を抱いて仕方が無い。
こういったウェットな表現は同性愛に通じるように見えてしまう。
こういうことを書くと「女性差別」などと怒られるかもしれないが、
捕食者と被食者という絶対的な力の関係があり、
両者には庇護するもの・されるものという関係が成り立つのだから、
メイはメスにしておくべきだったのではないかと思う。

表現としては画面をフィックスで切り替えるのではなく、
トラックアップ・ダウンを効果的に使ったパンで空間に広がりを感じた。
メイの毛の表現なども、細かいところまで良くできているなと思ってしまう。
もふもふしたくなる。
パヤオのような現実にはありえないのだがそれが却ってリアルに感じる動きではなく、
デフォルメを大きくしたところが、なんというか良くも悪くも、
昔の「まんが映画」の色合いを強く意識しているように見えた。


ただ残念なのが、一部CGが背景から浮いてしまっているシーンがあったこと。
CGらしくない手描きのタッチを残した、それでいてリアルな表現なだけにもったいない。
100年後・・・


100年の時を経て甦ったゾンビが人間に襲い掛かる戦慄のホラームービー。夫を亡くし、山奥の一軒家に引っ越すことになったカレンとふたりの娘。だがその家は、100年前に多くの子供たちが生埋めとなった鉱山事故現場のすぐ近くにあり…。
これもG-CORE作品です。
このタイトル、このジャケット。
どうみてもあの作品を意識しすぎです。

生き埋めになった子供たちがゾンビとなり、
夜な夜な森を徘徊して人を襲うという設定なのですが、
どうしてゾンビになったのか、
どうして生き埋めになったのに地上に出てこられたのか、
どうして臓物を貪り食うのか、
どうして血をドアに塗ると入ってこられないのか、
そういったところは一切わかりません。
でもいいんです。
ゾンビ映画なのですから。

タイトルから、
「100年も経ってからゾンビ出てきたのかよ!待たせすぎだろ!」
などと連想しがちですが、そうではなく100年間毎晩出現していたようです。
なら「100年間」にすればいいのに。
あ、でもそうなるとあの作品とのつながりが無くなってしまいますね。
もとからそんなものはありませんが。

まぁそこそこ見られる映画だったと思います。
もちろん、すぐ逃げられるのに逃げずに襲われるなど「お約束」はありますが、
普通にお薦めできなくもないですね。
ゾンビ映画好きなら見ても損はないかも。

教訓としては引越しをするときはいきなり荷物を運び込まず、
しっかりと下見をして、情報を収集をしてから決めましょう。
といったところでしょうか。

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再びテスト

もう一度Googleドキュメントから投稿してみる。
今回はどれくらいの時間で反映されるものなのか。
おそらく今週中?



(追記)
13日に投稿したのだが、なぜか1970年1月1日の設定で投稿されていた。
オイラが生まれる前だよ……
やっぱり使えねぇ。

最近は長文の記事の草稿はGoogleドキュメントで作成しているので、
直接投稿ができるようになればと思ったけど、やっぱダメだなこりゃ。
だってどっちもライオンズなんだもん。

というわけで今日もアジアシリーズネタ。
まーなんといえばいいんでしょう。
いろいろな意味で今日の第2試合は面白い試合だったみたいですね。
チアとかマスコットとか
これで予選の結果は西武、SK、統一が2勝1敗で並んでタイ。
失点率によって西武と統一が明日決勝戦へと駒を進めた。
SKざまぁwwwwww

それにしてもこの統一ライオンズってわからないチームだなぁ、と。

初戦 対天津ライオンズ 
コールド勝ちかと思ったら、9回までリードを許す大苦戦。
なんとか勝利

二戦目 対埼玉西武ライオンズ
先取点を奪うも、先発潘がつかまり逆転負け。

三戦目 対SKワイバンス

SK>西武
西武>統一

と、くると三段論法ではSK>統一となるところだが…

SKフルボッコwwww
潘武雄スリーラン2本とかどんだけwwww
おかげで決勝に進めました。ありがとう。

というわけで明日はこの決勝戦を……

横目に明治神宮野球大会行ってくる。
天気予報が曇りのち雨なのがちょっといやだなぁ。
去年も雨にたたられたし。
昨日買った本のリスト

406215000X寛容力 ~怒らないから選手は伸びる~
渡辺 久信
講談社 2008-11-11

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B001HNLO3Q歴史読本 2008年 12月号 [雑誌]
新人物往来社 2008-10-24

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4004311489好戦の共和国アメリカ―戦争の記憶をたどる (岩波新書 新赤版 1148)
油井 大三郎
岩波書店 2008-09

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B001IUMSDS野球小僧 2008年 12月号 [雑誌]
白夜書房 2008-11-10

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4794207417平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学
M.Scott Peck 森 英明
草思社 1996-12

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2008.11.14
携帯からも更新しましたが、今日は東京ドームへアジアシリーズの台湾戦を見に行ってきました。
試合自体は省エネモードで勝ちを収めることができました。
今日負ければ決勝進出ができなくなるのでよかったです。







チアが完敗です。
なんですかあのエロいけしからんお姉さんたちは。
反対側のスタンドからも、生足がまぶしく見えましたよ。
おかげで試合中盤からそっちが気になって気になってしかたありませんでしたよ。

それからマスコットのキモさも完敗ですよ。
いや、これは勝たなくていいのですが。
去年も来たライオン師匠のほかに、なんかいろいろマスコットがやってきて、
ステージやグランドで踊るのですが、同じダンスをしながらも、
ライオン師匠だけが気持ち悪い動きになってしまっています。
さすがドアラの師匠、あなどれません。

unilions01.jpgunilions02.jpg


ま、うちの美形兄妹はキモさとは無縁ですけどね。
2008.11.14
20081114182722
スタンド寒っ
今日から始まった野球のアジアシリーズ。
日本、韓国、台湾、中国の各国リーグ王者が集結し、
アジアチャンピオンを決める大会だ。
だが、開始前から日本と韓国の決勝戦での先発が話題になるなど、
日韓の一騎打ちという前評判がもっぱらだ。
(西武・渡辺監督が北京五輪で好投した金広鉉を決勝で涌井と投げ合わせる=お互い予選では投げないことを提案し快諾された)
と書いていたら金広鉉が今日先発している件について。
中2日で決勝も投げさせるつもりか、かの国お得意の二枚舌か。
たぶん後者。チョッパリを騙してやったニダ!ホルホルホル


思えばこのシリーズ、今年で4回目を迎えるが、
過去の3回では、日本が優位に立ち、
野球新興国の中国を除く韓・台が二番手を争うという構図に見えた。
実際に第1回と第3回は日韓、第2回は日台の決勝戦になっている。

ところが、今年は台湾チームの評価があまりよろしくない。
(そのかわり日本もすでに優位には無く日韓互角かやや不利とも言われる)
北京五輪では中国に足元をすくわれ予選敗退。
今日の第1試合でも天津ライオンズに9回までリードを奪われ続け、
潘武雄の3ランでようやくのサヨナラ勝ち。
本来ならコールドもおかしくないチーム相手にである。

チームだけでなく球界も極めて不安定だ。
今年誠泰コブラズに代わって新設されたばかりの米迪亜ティー・レックスが、
八百長に関与していたとして球界から除外処分を受けた。
さらに、中信ホエールズまでが解散を決め、
来期は4球団のみで行われることになった。
かつては台湾職業棒球大聯盟と中華職業棒球大聯盟、2リーグ制だったのに、
たったこれだけになってしまった。

以前にkaito2198さんのブログで、
今台湾は観客流失、テレビ放送権利金低下などの影響で、
どの球団も赤字経営の状態のようです。
と書かれてあるのを読んだことはあったが、本当に危機的な状況らしい。

そのような国内状況に見切りをつけたためか、
日本国内の学校に留学し、
そこから日本球界・メジャーを目指そうとする選手が増えてきたような気がする。
今年タイガースにドラフト1位指名された蕭一傑もそう。
高苑工商から日南学園に留学、奈良産業大に進学し、甲子園も神宮も経験した。
国内の学校を卒業しているから、外国人枠ではなく日本人選手として扱えるし、
球団としてのメリットもある。

そこで、今シーズンの在籍選手のうち、日本人枠の外国人選手をリストアップしてみた。

T 林威助(柳川高-近大)
F 陽仲壽(福岡第一高)
H 李杜軒(共生高)
L 朱大衛(中部大第一高)

多いと思ったけどこの4人のみ。
朱が中国出身なのを除くと他は台湾出身。
(読み方も朱だけが日本語読みの「シュダイエイ」)
来年は蕭の他、ホークスに韓国出身の金無英(早鞆高-福岡経済大)、
カープに入団する韓国出身の申成鉉(京都国際高)が加わる。

今後台湾球界の混乱が続けば、さらに留学経由の入団は多くなるかもしれない。
日本では高校野球人気があり、早い段階で注目を集められる。
だが、それが台湾球界にとって良いことかどうかは、複雑なところである。

今年チームを日本一まで引っ張ったナベQ。
この栄冠に、台湾で辛酸をなめ、泥にまみれた経験が活かされているのは言うまでも無い。
郭泰源を始め、台湾球界とのつながりも太く親近感がある。
(台湾職業棒球大聯盟の方だけど)
メジャーばかりになびかずに、自国の球団をもっと応援してほしいものだな、
などと外野から思ってしまうところである。

メガスネーク


B001544MKY メガスネーク
マイケル・シャンクス, ベン・カーディナル, トッド・ジェンセン, ディボー・タカクス
タキ・コーポレーション 2008-06-06

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巨大蛇と人間の死闘を描くモンスターパニック。毒蛇を祀る宗教に傾倒しているダフは、ネイティブアメリカンの蛇使いと出会い“アンテカ”と呼ばれる伝説の蛇の存在を知る。伝説に魅了されて蛇を奪ったダフは、“アンテカ”の封印を解いてしまい…。

こういったモンスターパニックの類だと、
ジャケットと内容が全然違う!ということがよくあります。
(マンモスとかマンモスとかマンモスとか)
それはこの手の映画を見ているとわかるもの。
でも、この映画ではこのサイズの巨大蛇が出てきます。
もちろん、現実にはそんな大きさの蛇は存在しないのでCGです。
このCG、ダメ映画によくあるのっぺりとしたものかと思えばさにあらず。
鱗などもきちんとしていて爬虫類っぽい質感になっているんです。
でも、でもなんです。
そのCGと実写の合成が最悪。
完全にCGが浮いてしまって不自然なことこの上ありません。
CGの出来が悪くは無いだけに残念です。

ストーリーも不自然な部分が多いです。
まずは、冒頭に登場する毒蛇崇拝の邪教。
蛇に対する主人公(ダフの弟)の動機付けにチョロっとでてきただけで、
あとは何の説明もありません。
“アンテカ”と何がしかの関係があるのかと思いきや、放置でした。

次に、母親が蛇に襲われたあとのシーン。
次の日夜遅くになっても母親が戻らないのに探しにも行かず、
翌朝息絶えるまで丸一日以上鳥小屋で放置され、結局蛇に飲み込まれてしまいます。
母屋の隣なのだから見に行けばいいものを、何で気が付かないのでしょうか。

さらに、蛇がお祭り会場で大暴れするシーンでは、
これだけの大蛇が現れて騒ぎになっているにも関わらず、
ジェットコースター、ヒーローショー舞台、コーヒーカップetc...
各アトラクションごとに蛇が近づくまで気付かずに騒ぎになっているのも不自然。
1箇所でパニックになれば誰かしら気が付くものでしょう。
それが誰一人気が付かずに蛇が現れるというのはねぇ。

それだけでなく、これは合成の都合でしょうが、
皆が避難しているのに大蛇が真後ろに来るまで気が付かない人も。
これはありえない。
きっと「合図が出たら蛇から逃げてください」という指示でも出ていたのでしょう。
それが遅れたためにこうなったのではないでしょうか。

最後に、退治の仕方。
これは……ちょっと……どんなゼペット爺さん方式?
蛇の生態に詳しくないのでよくわからないのですが、
そんなのありですか?
都合よく主人公と恋人だけ助かるし……。

材料自体は悪くないだけにもうちょっとテンポ良くまとめて、
ストーリーももっと自然にしたら、もっと面白くなっただろうに…残念です。

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シティ・オブ・ザ・デッド


ゾンビ化したホームレスが、抗争中のギャングを襲うホラーアクション。世界一危険なエリア・サウスセントラル。その地を牛耳る2大ギャングが今まさに雌雄を決しようとしていたその時、謎の隕石が落下。被爆した浮浪者たちが次々とゾンビ化し…。
はい。今は無き(GAGA収益悪化のあおりで休止中)G-COREの作品です。
見ようと見ようと思ってはいたのですが、長いこと塩漬けにしてしまっていました。

G-CORE作品というだけでわかるとおり、
一般の方には、自信をもって「お薦めしません!」と言いきれる映画。

緑色の謎の物質が付着した隕石が、神の奇跡を祈るホームレスの集団にドーンと落っこちて、
それに潰されたホームレスが緑色の液体を垂れ流すゾンビになって街を襲うのですが、
とにかく画に広がりが感じられません。
その場その場を切り取ったシーンをつないだだけで全体像がつかみにくく、
位置関係とかがわかりにくいことこの上ありません。
それでいてスプラッタな表現には変に力を入れていたり、いろいろと間違っています。

中盤からはギャングと警察が倉庫に篭城し、倉庫内のシーンが大半になるのですが、
ライティングも不慣れなのかシーンによって光量が一定ではなく、
何が起こっているかわからないほど暗かったり、
逆に白飛びを起こしていたりストーリー以前の段階で見るものの気力を削いできます。
編集ももちろん不自然で、前後のつながりで矛盾していたりと素人くささが漂います。

ストーリーもストーリーでグダグダ。
そもそも隕石の落下に誰も気がつかず、
クレーター一つ発生しないという段階で、いくら低予算とはいえどうなのかと。
またゾンビに噛まれた人がゾンビに感染するのはわかるのですが、
それにしても最初多く見積もっても20人ほどだったゾンビが、
爆発的な勢いで増殖しています。
物語の中でもただ噛まれる人はごくわずかで、
ほとんどの人間はゾンビになる暇もなく骨の髄まで貪り食われます。
にも関わらずゾンビ、増えすぎです。
そしてそのほとんどのゾンビがなぜか、ギャングらが立てこもる倉庫へやってきます。
もちろんなぜかはわかりません。

立てこもった方も、これはこれでひどすぎます。
まず「ギャング」ではなくどう見てもチンピラ少年団。
これが白人と黒人双方のグループが登場するのですが、
黒人グループの方はちょっと粋がっているだけで、ワルには見えません。
しかも別に「牛耳」っても、「雌雄を決しよう」ともしていません。
何かの売人に手玉に取られてます。
この自称「ギャング」、セリフと行動がバラバラでイミフすぎます。
しかもゾンビにやられるよりも仲間割れで死んでいきます。
助け合いの精神など皆無です。
ラストはお約束の大爆発。
倉庫全体を手榴弾で吹き飛ばすのですが、
なぜか都合よく2人だけ無傷で生き残ります。
もちろんなぜかはわかりません。
わからないことだらけです。

そして生き残った2人が目にしたものは…
空から無数に降り注ぐ隕石の流星雨でした。人類オワタ。
そういうオチでしたか。

80分ちょっとと短いので、時間を無駄にしても構わないという猛者は、
こわいもの見たさで見てみるのも良いかも。
お勧めはしませんが。

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昨日の続き。
昨日はあのあと眠くてどうしようもないので、そのあとすぐ11時前に寝たのだが、
今朝起きたのは7時過ぎ。
実に8時間以上も寝てしまいましたよ。
こんなに寝たのは久しぶり。
これだけ寝ればさぞすっきりしているだろうと思ったが、
午前中いっぱい眠気が残ってぼんやりしているような感じ。

それでいてこの時間にはもう眠くなってきている。
どうしたものかと。
2008.11.10
春でもないのに眠いことこの上ない。
気がつくと意識を失いかけている。
もちろん今も。
あぁ眠い。


ナルコレプシー?
              _ 
            ((´∀` /^)
            /⌒   ノ
         γ (,_,丿ソ′
         i,_,ノ  |||
バンザイ  バンザイ        ヤッター  オメデトー
   ∧_∧ ∧_∧  ∧_∧  ∧_∧
 (^(,, ´∀`)) ・∀・)(ヽ    )')((・∀・ /')
  ヽ    /ヽ    ノ ヽ    ノ  ノ   ノ
   ノ  r ヽ /    | /  O | ( -、 ヽ
  (_,ハ_,),_,/´i,_,ノ (,_,/´i,_,ノ  し' ヽ,_,)

まさに感無量。
7回までの焦れる展開が本当に胃にきた。
だからこそ、8回の逆転劇にはテレビの前で声を上げて喜んでしまった。

岸くん最高や!
チャラ尾さん最高や!

今日も見に行こうと思えばいけたかしれないけど自重した。
それだけに生胴上げを見られずちょっと悔しい。

さて。来週もアジアシリーズ見に行くよ!
この季節まで野球を楽しめることに感謝感謝。
去年の今頃は来季の話しかできなかったんだから。

それにしてもサムソンライオンズ。
お前んところが出てくればアジアライオンズチャンピオン決定戦になったというのに全く…
2008.11.09
20081109165305
昨日観戦の前に買ったもの。

西武と統一のライオンズ対戦になればいいなぁ。
プロフィール

さとまる

  • 書いてる人:さとまる

  • 北関東在住のおっさん。
    富野信者、富野研究家ではありません。ただの富野資料蒐集癖。
    アルバトロスのZ級映画が大好物。
    ご連絡はdameganoあっとgmail.com(あっとは記号に直してください)までお願いします。

    このブログでは「富野作品論」のような難しいものは扱っておりません。それらをお求めの方のご期待に沿えることは難しいのでリンク先の各サイトを参照なさることをお勧めいたします。


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